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カルチべ取材班 現場参上

渡辺和彦先生と行く! 栄養素の新効果に関する調査取材同行記

公開日:2019.8.26

ケイ素の新たな発見が! 新潟へ同行取材

関東の梅雨明けが間近とされていた7月24日、東京駅から新潟駅へ向かう新幹線に乗った。『農耕と園藝』連載「栄養素の新常識」でおなじみ・渡辺和彦先生の栄養素の1つであるケイ素を多く含む肥料の効果についての栽培試験の経過観察取材に同行するためだ。

ケイ素が多く入った肥料が水稲や麦に有効とされるのは、以前から知られていた。しかし、可溶性ケイ素を多く含有する肥料を葉面散布すると、ネギやスイカ、アスパラガス、キュウリ、そして大豆の収量や品質が上がることが今回の栽培試験で新しく実証されつつある、というのである。

目下、JAからの依頼により、新潟のネギ生産者2軒がその試験栽培中とのこと。渡辺先生が、途中経過観察に行くとのことで今回、お誘いいただいたのだった。

渡辺先生は兵庫県立農業試験場(現 兵庫県立農林水産技術総合センター)に長く勤務。在職中は農作物の栽培研究や生産者への指導はもちろんのこと、農林水産環境担当部長、農業大学校嘱託なども勤めた。農業試験場に勤めていた当時から、東京農業大学、東京農工大学、高知大学、大阪府立大学などで教鞭を執ったのち、退職後、東京農業大学でも客員教授として10年間勤務した。現在は食と農に関係する正しい情報を生産者と消費者に伝え、長寿生活を送ることができる健康社会の実現を目指すことを目的とし、株式会社ベジタリア社長の小池聡さんが設立した「食と農の健康研究所」の理事長兼所長を務めている。

現場での長い経験で培った知識と人脈で現在も講演会で全国各地を回るなど精力的に活動しており、特に近年は栄養素についての知識を深め、熱心に研究を続けているのだ。

今回の取材の目的は、栄養素のひとつであるケイ素の新しい効果を確認するというもの。しかし、そもそも渡辺先生が、栄養素に取り組むようになったきっかけとは何だったのだろうか。

栄養素研究のきっかけとなった、二人の研究者との出会い

それは、ある二人の人物との出会いから始まった。

まず一人目は、京都大学農学部教授である高橋英一先生である。

渡辺先生がまだ兵庫県立農業試験場に勤めていた頃、肥料に関する研究成果が認められ、(一般社団法人)日本土壌肥料学会から若くして日本土壌肥料学会賞を贈られた。その受賞式における、記念講演が渡辺先生と高橋先生の出会いを導いたのだった。

このような賞を受賞できた渡辺先生だが、学生時代は自分に自信を持つことができないシャイな学生だったそうだ。そんな渡辺先生を指導してくれた恩師の話を中心に行った記念講演で特に観衆の心を打ったのは、渡辺先生が現在も胸に抱いている恩師の大切な言葉「自分の長所をつくり、それを伸ばして大きな木に育ってほしい」、というものだった。

卒業して就職しても自分には長所がないと思いこんでいた渡辺先生だったが、卒業して農業試験場に勤めてしばらく経ったあと、恩師の言葉を思い出し、自分だけの長所をつくろうと決意する。それが地方の農業試験場に勤めている立場を生かし、現場だからこそ、つぶさに観察できる栄養素の欠乏や過剰症の診断、対策方法であった。

その研究こそが渡辺先生の「長所」につながり、それがきっかけとなって本件の受賞となったわけだが、記念講演に来ていた高橋先生は、恩師の言葉から自分の研究材料を見出し、熱心に研究を続けてきた若者の記念講演にとても感銘を受けたようだったという。その後、高橋先生は渡辺先生にこのように尋ねた。

「あなたは肥料のどの元素に興味を持っていますか?」

渡辺先生は、

「全部です」

と答えた。当時、すでに肥料の各種ミネラルの重要性に早くから気づいていた高橋先生も渡辺先生に共鳴するところがあったのだろう、高橋先生はしきりに感心したようだったという。

その後、しばらくして渡辺先生は再度、高橋先生と会う機会があった。その時、高橋先生から手渡されたのは、ある製薬会社のパンフレットだった。そのパンフレットでは、医者の執筆陣に混じって肥料ミネラルの研究者であった高橋先生が、肥料ミネラルが人間の健康に寄与している可能性について触れていたそうだ。

高橋先生からパンフレットをもらったことを、高橋先生から自身への「栄養素が人間の健康に役立つというこのままずっと突き進めてみなさい」というメッセージと理解した渡辺先生は、そこからさらに栄養素についての研究を極める決心する。今から約30年も前のことである。

そして二人目との出会いは、高橋先生との出会いから少し時を経てからやってきた。

その人はエーザイ生科研(現 株式会社生科研)の中嶋常允(とどむ)さんである。中嶋さんは、「中嶋農法」の創始者で、多量要素の過剰と微量要素の欠乏が農産物のおいしさに関係していることを突き止め、農産物の生育のための栄養素のバランスの重要性に着目。分析や研究を続け、バランスの取れた各種栄養素の施肥を勧めた日本初の研究者であった。(株)生科研の創業者でもあり、渡辺先生が農業試験場を退職後、初めて講演依頼をしてきた人物でもあった。

渡辺先生の講演の後、中嶋さんとの会食する機会があり、その時に微量必須元素を含んだ肥料の話になった。そこで渡辺先生は、

「微量必須元素を含んだ肥料を販売してもあまり儲けは出ないでしょう?」

とつい失礼なことを言ってしまったのだった。ところが中嶋さんは立腹するどころか、

「確かに儲けは出ないかもしれませんね。でも、人々が健康になれば私は嬉しいんです」

と答えたという。

この言葉に深く恥じ入った渡辺先生は、以後、目先の利益だけにとらわれることなく、人々の健康のために肥料ミネラルの研究に今までより一層力を注ぐこととなる。

高橋先生と中嶋さんとの出会いにより、「肥料(チッ素、リン、カルシウム)ならびに各種ミネラルと人間の健康との関係」という研究テーマを見出した渡辺先生は地道な研究を続け、その後、様々な著書を著わし、現在もその重要性を伝えるため、全国各地で講演を続けているのである。

また、渡辺先生が勤めていた兵庫県立農業試験場は公立の試験場であった。日々の研究でデータを採取して科学的根拠を実証でき、栄養素をバランス良く含んだお勧めの肥料などがあっても公平を期すため、具体的な商品名を公表することはできなかった。その理由に理解は示しつつも、渡辺先生としてはやや心残りだったそうだ。

「おいしい野菜をつくることができる、安定収量につながる、収量upを目指せるなど、生産者さんの栽培に役に立つ資材を公表できないことはやはり少しやりきれない思いがありました。そうした資材の情報が生産者さんの一番知りたいところなのに、その情報を提供できない。退職した今、そうしたルールにとらわれず、生産者のために有益な情報をどんどん発信していきたいと思い、活動しているんですよ」

渡辺先生の決意は固く、退職してからは講演会などで生産者のために役立つ情報を公表している。そのスタンスは、本誌連載の執筆でも同じである。

さて、そんな渡辺先生の調査取材に同行するため、東京から乗車した新幹線は新潟に到着。東京から新潟までは新幹線で約2時間。車窓から眺める景色とともに天気の変化も注意深く見守っていたが、雨模様だった埼玉から新潟に入ると雨は上がったようで、地面は濡れているものの雲間から青空が広がる。風景もビルやマンション群が目立つ景色からいつの間にか姿を消し、山々と田園風景が続くようになった。

上越新幹線の車窓からの風景。終点の新潟に近づくと、田園風景が広がる。

新幹線は新潟駅に到着。駅前で渡辺先生、そして今回の調査に関わっている新潟の農業商業会社の農材部部長である清田政也さん、今回の試験栽培で使用している、ケイ素を多く含む肥料「ハニー・フレッシュ」を販売している小西安農業資材株式会社の取締役・営業本部長鈴木望文さんと落ち合った。そして途中のサービスエリアで電気・機械施設や農業資材の販売や施工までも扱う株式会社ナビックの取締役・アグロ資材グループ部長である成田正明さんと合流して、いよいよ試験栽培中の生産者の元へ向かう。

すでに暑い日差しが降り注いでいた。運転役を買ってでてくれた清田さんが、「昨日まで新潟は雨だったんですよ」と教えてくれた。

1人目の生産者、小林さんの圃場を訪問

まずは1軒目の試験栽培にご協力いただいている生産者の小林八寿夫さん(60歳)のネギ圃場を訪れた。

小林さんのネギ圃場。夏ネギの品種は「夏一心」(渡辺農事株式会社)。

北蒲原郡聖篭町で農業を営む小林さんは、夏ネギを20aで栽培している他、秋冬ネギを20a、サトイモを1ha、トウモロコシを25a、オウトウを73a、水稲12haも栽培している。小林さんは昨年までネギ部会の部会長を務めていたベテランである。ちなみに現在は、サトイモ部会長を務める。

砂質土壌である新潟のこの地域では、湿度を嫌うネギの栽培に適した土地といえよう。見ると、昨日まで雨だったというのに圃場の土はサラサラしている。

代々農業を営む家系に生まれた小林さん。ネギの栽培は小林さんの代から始めて30年を数える。夏ネギで使っている品種は「夏一心」(渡辺農事株式会社)。草丈がよく伸びるところが気に入っている。夏ネギ栽培のポイントは、暑い時はあまり土寄せしないこと。

「あまりきつく土寄せすると太りが停滞する気がするんですよ」

ただ、台風などが近づく場合の強風対策として土寄せして揺れないようにすることはあるという。

そしてネギは過剰な水やりは病気の原因となるので、注意が必要。

「6月は雨も多くなくてネギの生育もよかったから、サクランボの世話につきっきりになっていたら黒斑病や赤さび病が増えてましたね。油断は禁物!」

夏ネギは暑い時期の収穫となるので、特に軟腐病には気をつけている。オリゼメートを追肥で混ぜて対策をしているそうだ。

「軟腐病が蔓延すると、圃場に来たらすごい臭いが充満している時があるんですよ」

と小林さんは目下軟腐病に警戒中。今年からは亜リン酸粒状肥料を導入して対策している。

また、連作も病気防止のためには重要で、今のネギの圃場では昨年はサトイモを栽培していたそう。

「たまに、にょっきりとサトイモの葉が出てくることもあるよ(笑)」

ネギといえば労力のかかる調整作業が気になるが、今のところ、家族総出の作業でカバーしている。出荷はだいたい1日に40ケース、主な出荷先はJAだという。

そして今回の目的である「ハニー・フレッシュ」の効果だが、「ハニー・フレッシュ」を使用した箇所とそうでないところでは葉の生育の差があった。使用していないところでは赤錆や黒斑病、下の葉の枯れもやや目立った。

ネギの葉身に現れた赤錆や黒斑病。
生育の様子を真剣に観察する、われらが渡辺先生。

小林さんのところではトウモロコシでも「ハニー・フレッシュ」を使用しているが、使用したほうが糖度が増し、穂ギリギリのところまでぎっしり実が詰まるそうだ。

新潟のネギはやはり秋冬がシーズン。隣で生育中だった秋冬ネギは、「夏扇4号」(株式会社サカタのタネ)を栽培していた。こちらは「ハニー・フレッシュ」を使用していないエリアでやや病害が目立った。

今回のメンバー。左から渡辺先生、清田さん、小林さん、成田さん、鈴木さん。

2人目の生産者、阿部さんの圃場を訪問

小林さんの圃場をあとにして、2軒目の生産者さんの元へ。

新潟市北区で農業を営む阿部俊之さん(63歳)は、もともとは兼業農家だったが11年前に専業農家になった。代々農家を生業とする家系に生まれ、ネギ栽培も父親からそのまま引き継いだ。ネギの他にもレタス、ブロッコリー、水稲を手がけている。

栽培しているネギ圃場は10aで、今回、「ハニー・フレッシュ」の試験圃場としているのは3a。夏ネギの品種は「ホワイトタイガー」と「ホワイトサマー」(どちらもタキイ種苗株式会社)、秋冬ネギは「夏扇4号」(株式会社サカタのタネ)を採用している。

阿部さんのネギ圃場。写真ではややわかりにくいが、奥から手前に向けて傾斜があるのが特徴。

阿部さんの土地は黒ボク質の砂地で、雨続くと水吸いやすい特徴があるが、保肥力が高いという。ネギに湿度は禁物。雨が続く日は圃場の水分を減らすため、奥から手前にかけて傾斜があるのを利用して溝をつくり、排水を促す工夫をしている。

こちらも欠かせないネギの強風対策としては、台風などの前には風除けネットを立て、根元を土寄せしてしっかりと固定して揺れないように注意している。

「品種選びや肥料、資材もJAのアドバイスを頼りにしています」

とJAに全幅の信頼を寄せている。肥料は小林さんと同じ亜リン酸粒状肥料を使用しているそうだ。

左からJAの営農指導課窪田さん、阿部さん。

阿部さんの圃場での試験栽培の経過は、やはり下の葉の枯れ具合が少ないのがわかる。また、地上部の葉身の太さにも違いが見られ、「ハニー・フレッシュ」を使用していないのはやや細く、使用しているものはやや太めという意見もあった。

収穫時期がお盆から9月上旬にかけてということもあり、収穫時期にはまだ早く、この日の収穫はなかったため、葉鞘部分は確認できなかった。

葉鞘部分の比較や「ハニー・フレッシュ」の詳しい効果については、本誌連載の「栄養素の新常識」において、渡辺先生が詳細を冬号(11月23日頃発売)で執筆予定なのでそちらをご覧いただきたい。

 

「ハニー・フレッシュ」を使用したほう(左)と使用していないほう(右)。品種の違いがあるので一概にはいえないが、使用したほうが下の葉の枯れが少なく、葉身がやや太いという意見があった。

同行取材の目的である、ケイ素が多く入った肥料の経過観察だけではなく、清田さんから新潟の農業事情や、鈴木さんから栄養素を含んだ肥料の重要さを教えてもらうなど、試験栽培結果以外の知識も深めることができた新潟への取材同行となった。

渡辺先生を新潟空港まで見送ったあと、新幹線で帰京する鈴木さんとともに新潟駅まで清田さんに送ってもらい、解散。

夕方の西日がまだ強く降り注いでいた。新潟はこの日、梅雨明けが発表されたのだった。

二度の雪崩から飼い主を救ったという、新潟の忠犬タマ公の銅像が新潟駅構内にあった。渋谷の忠犬ハチ公のように新潟市民の待ち合わせのメッカ……にはなっていないようだった……。
夕暮れの新潟駅。同行取材は終わり、帰京となった。

取材協力/小林八寿夫・阿部俊之
取材・文/丸山純

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