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第35回花卉懇談会セミナー【後編】誰でも使える花き園芸の情報技術~

公開日:2019.9.9

花き園芸業界の発展のために、30年以上にわたって活動を続けている「花卉懇談会」。前回に引き続き、後編でも事例などを紹介します(会場/東京農業大学 世田谷キャンパス1号館 141教室)。

スイートピー栽培におけるICT活用と生産情報活用の可能性〜新規参入生産者の手作りシステム〜

木下良一氏(木下園芸 代表)

栽培施設の概要

私は岡山県倉敷市船穂町でスイートピーの専業農家をしています。農業に無縁でしたが岡山県の担い手育成制度により2年間の研修後2000年に就農しました。その頃はまだ環境制御は一般的でなかったのですが、ハウスの環境記録を残すことにより少ない経験を最大限生かしたいと思い、東京の展示会のあるブースで自分の希望を伝えてシステムの見積を出してもらったところ、1500万円でした。これは私には難しい額でしたので、農業、電気、機械ともに素人ではありましたが環境制御システムを自作しようと考えました。

私はスイートピーを生産するに当たり、高品質なスイートピーを安定的に出荷することを目標に掲げました、その目標を達成するには、ICT、IoTは大変に有効な手段ですが、生産者としてこれが目的ではなく、あくまでも栽培が仕事であることをはっきりさせておくことが大切だと思っています。

栽培施設は25a、30連棟のパイプハウスを自家建設しました。その他、重油加温機、ヒートポンプ、炭酸ガス発生機などを設置しています。

栽培環境

スイートピーは、アクセル(栄養生長)とブレーキ(生殖生長)を調整しながらの管理が重要で、従来は日射量の重要性のみが強調されていましたが、近年の気象変化を考えると適切な日射、温度、湿度が品質を決める上で重要だと考えています。栽培は播種時期が9月上旬、出荷期間は11〜4月上旬、点滴チューブによる溶液で土耕栽培をしています。2018年作では7品種を栽培しました。

ハウスの栽培環境は、昼間は加温することなく20℃を上限にし、夜間は5℃で管理しています。スイートピーは施設栽培ですが比較的低温で栽培する作物で、採花がはじまる11月からは外気温が下がるため病虫害の被害はほとんどなく、上手に管理すれば農薬の散布はしなくて済むというメリットがあります。しかし、比較的低温で栽培するため気象の影響を受けやすいというデメリットもあります。

当園の環境制御システム

ハウスの環境はセンサーで、風向風速、感雨、日射強度、炭酸ガス濃度、ハウス温湿度、外気温、分光分析、土壌水分、土壌温度、EC、各設備の電力などを計測しています。これらのデータを取り込んでハウスの各設備、機器の自動制御とその記録を保存し栽培環境を管理しています。

これらのシステムをインターネットにつないで自宅のパソコンやスマートホンでの監視、コントロールや携帯に各種警報ができるようにしています。

パソコン画面では、センサーの計測値や集計値、設備稼働状況の他、計測値のグラフ表示や、定点観測映像などを見ることができます。

こうした方法でハウスのモニタリングと制御、自動化をしていますが、もっとも重視しているのは、センサーで計測した環境データや機器の制御履歴だけでなく視覚、聴覚、嗅覚、触覚を駆使しながらの圃場観察と生育調査のデータ、他産地情報、市況、論文、特許などの情報も集積し、それらを分析評価して、実行することにより成果を得ることだと思います。またこれらを定着させるためには作業手順書を整備改定したり、報告書を残し標準化することが重要ではないでしょうか。

取り組み課題と事例

私の取り組み課題を2つご紹介します。1つは、大幅な出荷減の要因を検証することです。

スイートピーは昔から3日曇るとつぼみが落ちて出荷に影響するといわれてきました。しかし近年ではこれまでとは異なった様子の落蕾も発生しています。その原因は何なのかを作業日報、出荷数量、等級比率、肥培管理、栽培管理などを分析し、過去のデータと比較しながら探りました。そうして、従来の落蕾現象とは異なる激しい気象変動による新型落蕾の発生条件が特定でき、大幅な出荷減のリスクを予測できるようになりました。この様な新型落蕾は近年頻発しています。また、この対策として一定の条件下ではヒートポンプの活用が効果的であることがわかりました。

もう1つの課題は、日々の出荷数量の予測モデルの検討です。スイートピーは低温作物なので、施設栽培であっても気象の影響が大きく出荷数量が変動してしまいます。そのために、2日前に出荷数量情報を提供できるようになれば、有利販売、数量保障につながる、そういった可能性があると考えています。

島根発!「あい・しぃ・てぃ」で独自花きの売り上げUP

曽田 寿博氏(曽田園芸 農場長)

島根の鉢花生産

私は、島根県出雲市で鉢花生産をしております。島根県の鉢花生産は昭和35年頃より始まり、シクラメンでは西日本有数の産地となりました。しかし、現在は鉢花の価格下落などで将来的には不安があります。島根県では将来的な経営の安定化のため、アジサイに着目し、オリジナルアジサイを育種、生産者も「島根県アジサイ研究会」も設立し、それぞれで成果を出しています。

曽田園芸では、シクラメン、アジサイ、クリスマスローズを栽培しています。クリスマスローズは冬に咲く花で、夏の高温に弱いため6月〜9月下旬は高冷地で栽培する「山上げ栽培」を行います。これにより、ロスの軽減、早期開花が可能になります。

しかし、山上げ栽培は輸送費、管理交通費、借地代などのコストがかかります。そこで、コスト削減のために「遠隔管理・監視システム」を導入しようと検討しました。

しかし、平成24年頃の遠隔管理システムは、某大手企業では1000万円以上、農業ベンチャーでも数十万円以上かかり、高価で手が出ませんでした。また、故障した時にすぐに島根まで修理に来てくれるのかという疑問もあり、自分で作ることにしました。

自作の遠隔管理システムの開発コンセプトは、「比較的安価であること」「簡単で自分でできること」「水が出せること」「状況を確認できること」「パソコンがなくてもできること」としました。

そこで使ったのが小型のパソコンともいえる「スマートフォン」です。スマートフォンには様々なセンサーがついています。GPS、カメラ、インターネット、ジャイロ、照度センサー、マイク、スピーカーなどです。これによって、ゲーム、カーナビ、ビデオ、録音、ライトなど様々なことができます。無料アプリを入れるだけでタダでこういった機能が使えるのですから、非常に多機能で拡張性の高いものだと思います。もちろん、ネット通販もできます。今回の遠隔システムに使用したアイテムはほぼ全てAmazonで購入しています。

ハウスをどうやって見る?

私はネットワークIPカメラ(監視カメラ等)を使いました。このカメラは、パソコンなしでインターネットにつなぐことができ、設定もスマホでできて簡単です。これにより、パソコンやスマホで世界中のどこからでも視聴と操作ができます。これを使って6000円の監視カメラの前に900円の温度計を置いて、試作一号機(6900円)を作りました。植物の映像と温度が同時に見られるようにしたのです。

これによって温度だけでなく、植物の様子、遮光カーテンが開いているのか閉まっているのかといったハウスの状況など様々な「情報」を見ることができます。数値による情報も大切なのですが、植物体を見る、観察するといった行為自体が重要だと私は思っています。

この方法だと実用面ではログが取れなかったり劣っていますが、私としては温度と環境が見られればいいので、これでも充分実用的だと判断しました。

試作二号機では、カメラの首振り装置を使ってスイッチを動かし、ポンプを作動させ水を出すことに成功しました。制作費は23000円でした。首振り機能は便利で、より広範囲を確認することができました。しかし、1年くらい使い続けたら首振りモーターが壊れてしまいお蔵入りです。

この反省から、試作一号機にリモートスイッチ(6000円)をつけた、試作一号機改を制作。リモートスイッチというのは、遠隔操作で100Vの電源をオンオフする機械です。タイマー機能もあってスマホから散水の時間を予約することができるアイテムです。機械的動作ではなく電気的に動作するリモートスイッチを使用することで故障のリスクは格段に減少しました。これは13000円で完成しました。

環境測定は「netatomoネットアトモ(20000円)」という装置を使いました。親機で気温、湿度、騒音、気圧、CO2を測定し、屋外用モジュールで気温、湿度を見ることができます。また、追加モジュールを3台まで増やせ、合計5ヵ所の温度計測が可能です。アプリでは数値をグラフ化でき、エクセル形式でパソコンに取り込むことができます。

また、親機以外は電池駆動・無線通信ですので設置・移設の自由度が高く、ハウスに1台ずつ置いて環境測定に使うのはもちろん、低温アラート機能で暖房機停止のリスク回避での利用、1つのハウスの中に複数台置いて暖房ムラを計測し、ファン位置の調整にも利用しました。雨量計もありますが、私は雨の量を測るのではなく、スプリンクラーの散水量の計測に使っています。

費用対効果

これらのシステムを実際に使ってみてどれだけの差が出たかをご説明します。

金額でいいますと、遠隔システムを使う前と後では10万円くらいの差が出ました。遠隔操作を導入する前は、山上げしたハウスまでの交通費と人件費が20万円近くかかりました。導入後は、機械が止まった時の確認のみでハウスに行っていましたので、システムの費用を差し引いても非常に安く済みました。その翌年には、山上げする農場が近くなって高速代が安くなったこともあるので単純に比較はできませんが、当初の10分の1の費用になりました。

また、こうした経費削減だけでなく、遠隔システムの導入によって時間も大幅に節約できました。導入前(23回往復)と後(4回往復)では95時間もの時間を節約できました。曽田園芸のような家族経営・中小規模農家では「経営者=主要労働力」でもあり、私の時間をより有効に活用できるということは販路の拡大、経営の改善、新しい栽培の模索等、の余地ができるという事であり、何事にも代えがたい、非常にメリットがあると感じています。

遠隔リレー潅水システム

現在のハウスはどういう状況かというと、ソーラーパネル利用した発電BOXの中にモバイルルーターとnetatomoが入っていて、カメラで植物体を監視しています。そして、ポンプとリモートスイッチで水が出るシステムを作りました。

従来の潅水制御ですと、高価な制御基板や各種センサー、電磁弁、ポンプ、後付けインターネットも設置しなければなりませんでした。そのため、電気工事士などの資格も必要です。でも、私がやっていることは、1つアイテムが1つの機能を有して完結していて、すべてインターネットを経由してスマホにつながり、操作したり視聴したりが可能です。

そして、壊れてもそれがどのアイテムなのか明確にわかります。従来のシステムでは、どこが壊れたのかがわからないし、電気工事士の資格もないので修理を頼むしか方法がありません。でも、私のシステムなら電気工事士の資格はいらないし、個人農家がそれぞれ使いやすいシステムを構築することができるのです。

システムと栽培技術のすり合わせ

このような監視システムに、どうやって栽培をすり合わせるのかに私は苦心してきました。例えば、シクラメン農家はスプリンクラーでの散水は病気のもとになるのでしません。鉢の乾き具合を見ながら、手で水やりをしています。これは根の生長や徒長の防止になります。また、手潅水を極めると生長をコントロールすることができます。ですが、非常に高度な技術・習得に時間が必要なことと、相応の労力がかかります。

これに対し、スプリンクラーですとスイッチ1つで「パッ」と水をかけられるので便利です。しかし、実際には潅水ムラが発生します。それを防ぐには多めにかけるのですが、今度は加湿になり根腐れを起こしたりします。こうしたスプリンクラー潅水の欠点を補うために、ポットは通気性・排水性の良いスリットポットにし、鉢を地面から浮かせて鉢下の通気を良くし、用土も乾きやすく排水性の良い物にしました。

ただ、乾きやすいと水枯れが起きやすく商品性を落としてしまうので、ある程度の保水性がありながら通気、排水がいい用土の開発には苦労しました。用土には鹿沼土も混用しています。鹿沼土は乾くと白くなるので監視カメラで見るととてもわかりやすいです。netatomoの雨量計で散水量をチェックして並べ方の調整もしています。

最後に、こういったシステムでの肝心なことは、システムと栽培方法、栽培技術をフィッティングさせることだと思います。その上で、よりよい生産と製品を目指すことが我々生産者の使命ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

協力/花卉懇談会
取材・文/高山玲子

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