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第31回 「シャンペトル」についての考察~カール・フシュ『花のある大地に生きる』

公開日:2019.9.13

『カール・フシュ 花のある大地に生きる~ノルマンディーの農園から~パリのトップフロリストの自然に寄り添う暮らしと花』

[著者]カール・フシュ
[発行]誠文堂新光社
[入手の難易度]易

フランス、パリの高級住宅街16区に24歳の若さで店を出し、企業やデザイナー、著名人など多くの顧客を持つトップフロリストとなったカール・フシュ。その後、店を閉じてノルマンディー地方のペルシュという町で暮らしパリに通うようになった。この本は、彼の生き方、考え方を中心にその作品をたくさんの美しい写真で紹介している。二十代の終わりに初めて日本を訪れ、イベントなどで毎年のように来日し、その飾らない風貌や自然な作風「シャンペトル」スタイルには、日本人のファンも多い。文章は、フランスに長く住み、花の世界に詳しいジャーナリストの荒井好子氏が書いている。

「ピクニック」とベートーベンの交響曲第六番

ここ数年、日本の花業界でも「シャンペトル」とよばれる花束やアレンジメントのスタイルが広く知られるようになってきた。フランス語のchampêtre、「田園風の、田舎の」というような意味の言葉から出てきたものらしい(champは野原で、「シャンゼリゼ通り」というのは、エリゼの野。つまり、そこが昔は草の生い茂る野や沼だらけだったことを表しているそうだ)。作品(商品)の特徴をあげると、全体の輪郭はゆるやかで、自然な雰囲気を感じさせる。素材には、枝物や草花、葉ものをふんだんに使われる。「田舎の風景を写し取ったような」とか、「野山に草花を摘んできたような」というふうな形容があてはまる。ストレスの多い都市生活や人工的な環境を背景に持った言葉で、人々は自然でゆったりとした印象の花を好ましいものと感じているのだ。フレッシュな素材を使うだけでなく、ドライ素材を取り入れ、あるいは、ドライだけで束ねたものにも人気がある。これらは、楽しい思い出や親しい人たちと過ごした時間を透過して見せる。

「シャンペトル風」の花束がどんなものかは、SNSでたくさんの画像を見ることができる。その多くが、結婚式のブーケだ。撮影される場所は圧倒的に屋外が多い。日本でも結婚式は、90年代以降、ホテル婚からレストランや「邸宅型式場」のように多様化したが、邸宅型には、屋外でのパーティを演出する事例が増えている。こうした屋外での演出に「シャンペトル」はすごく似合っている。それもそのはずで、「シャンペトル」には、「ピクニック」や「パストラル」というような屋外での親しい人々の集まり、飲食をともなうパーティと関連があるようなのだ。例えば、

fête champêtreという言葉は、「ガーデンパーティ」や「園遊会」といった訳語が当てられる。ピクニックは、これと同様のイベントを表す。フランス革命後に市民階級で流行した野外でのパーティが現在では普通に使われる言葉になった。また、関連するパストラル、パストラーレ(英pastoral、仏pastorale、伊pastorale)という言葉は、形容詞としても用いられ、羊飼いのライフスタイルや牧畜、あるいは羊飼いの生活を描いた文学・音楽を指す。キリスト教圏では、羊飼いの暮らしと田園とが共鳴するようなのだ。テレビCMなどで耳に残るベートーベンの交響曲第6番の名前が「田園」でPastoralとなっている。

生き方につながるカール・フシュの「シャンペトル」

「シャンペトル」スタイルの流行(※流行というのは現象や結果の分析のこと)によって、草花や枝物の需要が増えているという。30年以上前の日本の花束は、いけばなで利用される枝物と花をミックスしてボリュームを出す縦型の花束が多かった。それが、輪郭のはっきりした丸いブーケがたくさんつくられるようになり、現在はまた、過去のスタイルに似たものになっている。ただ、用いられる素材(種類や仕立て方)や色合わせなど大きく変わっている。過去の流行が繰り返されているわけではないのだ。

日本で「シャンペトル」という言葉を広めるきっかけをつくったのが、カール・フシュだという。彼が独立するまでのキャリアのなかに、ジョルジュ・フランソワとクリスチャン・トルチュの店で働いた経験があるという。確かに、ふたりの作品に通じるエッセンスが感じられる作風だ。実際、トルチュの店から出た人たちが現在の「シャンペトル」の担い手になっている。

そのなかでも、カール・フシュの作品が特別なのは、その作品が、彼の生き方と密接に結びついて、暮らしの中から生み出されているということだ。というのも、カールはパリから車で片道1時間半の田舎に33ha(※東京ドーム約7つ分)の土地を取得し、暮らしている。200年以上前に建てられた建物に住み、牛を飼う。広い庭に果樹を植え、草花を育てる。パリとペルシュを行き来しながらエコロジストとしての自分の作風を作り上げてきた。市場で「野の花風の花材」を仕入れるのではなく、自分で手をかけた草花や枝物をアレンジにどんどん加えていく。まねのできないシャンペトルなのだ。経済的な豊かさより自分の気持ちに正直に生きたいと田園でのパストラルな暮らしを選んだカール・フシュ。有機農法にこだわり、この本が書かれた2015年には、友人と非営利団体をつくり、家から近い町で有機栽培の食材を扱うショップを開いたと書かれている。

「シャビー・シック」、「ブロカント」とシャンペトル

インテリアのスタイルに「シャビー・シック」という概念がある。イギリスに生まれ育ちアメリカに渡ったレイチェル・アシュウェルが1989年にカリフォルニア州サンタモニカに出したブランドショップの名前が「シャビー・シック」。古ぼけた、みすぼらしいという意味のシャビー(ジーンズのズボンにわざと穴を開けたりするのをシャビー・ルックという)に、フランス語源のchic、上品な、粋な、垢抜けしたという意味の言葉を加えた造語。文字通り、上品でおちつきのあるスタイルを表している。ここでは、製作年代の古い家具が多用されるのだが、100年以上も前の「アンティーク」ではなく、比較的新しいものも含めた古き良きものを「ブロカント」として利用する。白を基調として統一感を持たせ、グレイッシュな他の色を入れていくというイメージ。このシャビー・シックの部屋に生やドライの植物はとても相性がよく、古い花器に活けられたシャンペトルの草花が似合う。こんなふうに、インテリアの流行からもシャンペトルを見ることができそうだ。

※「シャビー・シック」「ブロカント」について、とてもわかりやすい解説
http://flowereducation.net/blog/2016/04/24218

ジョルジュ・フランソワ、フレデリック・ギャリーグ

最後に『ジョルジュ・フランソワ 花の教科書』(誠文堂新光社2018)に書かれている「シャンペトル」について見てみよう。「ムッシュー」ことジョルジュ・フランソワは、1963年から花の仕事に携わり、50年以上を経てなお現役として活躍するパリを代表するフローリストだ。ファッション・ブティックやレストランなど有名な店舗の花を手がけ、現在はモンパルナスに店を構える。2001年には銀座メゾンエルメスのオープニングパーティーの花装飾のために来日した。

●ムッシューフランソワのシャンペトルスタイルとは
シャンペトルスタイルは1970年代にもパリで流行した。その頃は、野原に咲いた花を無造作に花瓶に投げ入れるというスタイル。現代のシャンペトルは、花材が多種多様になったおかげでより洗練され、ナチュラルなスタイルとして定着している。

ムッシューのシャンペトルは、幼い頃に暮らしたフランス北部ノルマンディーの風景。絵画に例えるならモネの風景画の世界だ。ただ野草類を束ねるだけでなく、メインの花がきちんと見えて、さらに野趣あふれるイメージが表現されている。「ブーケに隠されているのは起伏のある丘陵に咲く野花の風景。それゆえに、ムッシューはシャンペトルのブーケは、春から夏の花材でしか作りません。四季を感じ、花の心を大切にするムッシューのフローリストとしての気概がこんなところにも感じられます。」

●「ブロカントの雑貨」 古き良きパリを感じさせる店内の名脇役 マルシェ・オ・ピュス(蚤の市)やマルシェで求めてくる(ムッシューはブロカントの店もやっていたことがある)。

●「コンポジション」とは、ブーケやアレンジメントを含めたフラワーアレンジの作品全体を表現する言葉。

●「ポタジェ」 フランス語で「野菜畑」。日本ではいつの間にか野菜や果物を使うフラワーアレンジの手法をポタジェと呼ぶようになった。ジョルジュ・フランソワは、1970年代からポタジェのコンポジションを作っていた。はじめは麦の穂を器にアントゥラージュ(器の表面に花や葉を巻き付けること)した素朴なアレンジだった。インスピレーションのもとになったのは、バルボティーヌと呼ばれるフランスアンティークの陶器で、野菜や果物の形をしたものだったという。

●「コルレット」 襟飾り。ブーケの外側をサブ花材やグリーンで包むこと。

●この本では、ナズナではなく、タラスピ・オファリムという名称で統一している。

●シャンペトルスタイルは、野草のような素材の使い方がポイント。中央にラインのはっきりしたスモモ、周りにナチュラルなミルト(マートル、ギンバイカ)やタラスピ・オファリムを配置することで美しいシャンペトルスタイルに仕上がっている。

もうひとつ、12年前の雑誌を引っ張り出して、「シャンペトル」の探索は終わりにしよう。

僕の手元にある花の雑誌「ベストフラワーアレンジメント」(フォーシーズンズプレス)に、「NEWジェネレーション、パリで注目のお花屋さんめぐり」というタイトルの記事がある。2006年の秋号だ。このなかに、こんな見出しを見つけた。「パリのカンパーニュ“シャンペットスタイル”に注目」。紹介されているのは、フレデリック・ギャリーグというフロリスト。丸い眼鏡をかけた細身の男性が映っている。「かつてはデコレーターだったというフレデリックさん。彼が手がけるウィンドウセンスは抜群」。パリ3区のマレ地区に店がある。「彼がつくるブーケは自然のもつイメージを最大限に生かした“シャンペットスタイル”は滋味にあふれ、ヒューマニティーを感じさせつつも、葉や枝を絶妙なバランスとボリュームで取り入れることで、洗練されたセンスをさりげなく感じさせています」と絶賛されていた。フランスの彼のもとで、「フローリスト」誌や「植物生活」でもおなじみの「ジャルダン・ノスタルジック」青江健一氏が学んだ。フレデリック・ギャリーグは、数年前に事故で亡くなられたそうだ。

※参考
『ジョルジュ・フランソワ 花の教科書 Mon étude de fleur フランス花界の巨匠のエスプリとテクニック』ジョルジュ・フランソワ 誠文堂新光社 2018年
『ローラン・ボーニッシュのブーケレッスン』ローラン・ボーニッシュ 誠文堂新光社 2014年
『ローラン・ボーニッシュのフレンチスタイルの花贈り 暮らしを彩るブーケとアレンジメントの作り方』ローラン・ボーニッシュ 誠文堂新光社 2016年
『ブーケシャンペトル ア・ラ・メゾン パリのシャンペトルブーケで暮らしを彩る』斎藤由美 グラフィック社 2014年
『RACHEL ASHWELL’S SHABBY CHIC INTERIOR』Rachel Ashwell 宝島社 2012年
『シャンペトル・シャビーの家』鈴木ひろこ グラフィック社 2013年

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プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

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