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新規就農ガンバリズム

ベリー栽培とジャム作りを軸に軽井沢町で就農 軽井沢発地ベリー園 山田重夫さん

公開日:2019.9.18
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今回の「新規就農ガンバリズム」は長野県軽井沢町で軽井沢発地ベリー園を営む山田重夫さんを訪ねた。ベリー栽培、ジャム作りを経営の柱としつつ、摘み取りやジャム作り、ジュース作り体験のサービスも展開。軽井沢発地ベリー園の誕生から現状、そして今後の展望を前編・後編に分けてお届けする。

浅間山を一望できる景色を見て決断「ここで農業をする」

少子高齢化、年金問題、生涯現役、第二の人生、田舎暮らし、生きがい、やりがい……。世相を反映してか新規就農希望者は若者ばかりではなく、ミドルやシニア世代でも増えている印象がある。軽井沢発地ベリー園の園主、山田重夫さんもそのひとり。58歳で教員を早期退職し、新規就農した。

就農前、埼玉県に住んでいた山田さんは、軽井沢の隣町・御代田町にある知り合いの別荘を訪ねた際、自動車で周辺をドライブ。のちに就農地となる軽井沢町の発地にも行った。本人はその地が軽井沢とは知らずに……。

旧軽井沢や南軽井沢のような、いわゆる別荘地ではなく、畑や田んぼが一面に広がり、典型的な軽井沢のイメージとは異なるが、緑に囲まれ、田畑からは壮大な浅間山を一望できる。

教員の仕事をしていた山田さんには、自然相手に自営で仕事をしてみたいという想いがあった。そして、浅間山の絶景に心を打たれ、「ここで農業をする」と決めた。奥さんからの反対は「全くなかった」。新しい生活を奥さんも応援してくれた。

憧れの上発知でブルーベリーをはじめ、ベリー類を栽培する山田さん。

農地確保に苦戦、栽培技術も独学で

軽井沢町発地での新規就農を心に誓った山田さんは、長野県の農業大学校に通い始めた。

「野菜の場合、たくさんの量を大規模でやらないと経営的に厳しいので私の選択肢からは消えました。リンゴ、ブドウなどの果樹は年間を通して農薬や肥料をいつどの程度やるのか、栽培の難易度が高い。それに農薬は使いたくないと思っていましたが、一方で私には『奇跡のりんご』のような自然農法は無理だと判断しました。でも、小果樹のブルーベリーは病気や自然現象に強く、農薬を使用しないでできる。それに私の友達や知り合いにブルーベリーを育てている人が多く、実際に実がなっている樹を見て、私にもできる、と思いました」

そして、ブルーベリーをやると心の中で決めたうえで、小諸にある長野県農業大学校に行くのだが……。

「農業大学校は短期の講習でした。一般的な農業のことだったり、長野という土地柄、リンゴやブドウ栽培などの授業がほとんどでした。ブルーベリーの剪定技術は学べましたが。実のところ、自分としてはブルーベリー以外のベリーについて勉強したかったんです。経営の難しさについても学んでおきたかった」

結局、ブルーベリー以外のベリーについてもほぼ独学で学んでいくことになるのだが、農地探しでも苦労した。地元の役場など公的機関による農地の紹介がなく、自力で探すことになったと山田さんは語る。

「当時は普及所の存在を知らず、そういったところに相談しなかったんです。下調べが足りなかった……。場所(発地)だけを決めていました。軽井沢町役場に聞いたら紹介するシステムはないと言われたので自分で探すことにしました。そこで、近所に住んでいる軽井沢の農業委員の方に個人的に相談したら、複数の不在地主から借りることができました。就農条件の最大のネックは土地探しです。紹介してもらった5反歩の土地を借りる、あるいは買わなければなりませんでした。農機具については、その後考えよう、と」

不在地主の畑を複数の人から借りることになったのだが、地主は群馬などにおり、必要な書類を揃えハンコをもらうために群馬まで何度も足を運んだ。農業委員会から書類不備を指摘されれればまた群馬へ……。

「公的機関による農地紹介のサービスを受けたかった。これから新規就農する人は公的機関から農地を紹介してもらったほうがいい」

山田さんにとって、土地探しは相当苦い経験だったようだ。

就農にあたり、山田さんは住まいを埼玉県から圃場の隣にあった建物に移した。しかし、その建物は冬の寒さには対応していない作りだった。

「家がスースーで冬は寒い。安普請と近所の棟梁から揶揄されたりもしました。集落の中でも敷地が低くて、地下掘ったらぐじゅぐじゅ。家が建てられないと言われた。コンクリートの杭を打ち込んだりして余計なお金がかかってしまいました」

2008年に就農したが、その準備として2反の畑を借りた。先行投資は「苗代が200万円くらいかな。機械はトラクター、ハンマーナイフモア、仮払い機など。それに軽トラを入れたら100万円超えるくらい」と山田さん。

苦労して借りた最初のその畑は耕作放棄地だった。元々は田んぼで、「草はボーボー、下はぐちょぐちょ」。

「穴を掘って暗渠パイプを通して水はけの対策をしました。畝の間にも通しました。しかし、あとになってその畑は返すことになりました。急に返してくれってと言われたんです」

地主からは遺産相続をするため、畑を綺麗にしておきたいから畑を返してと言われたそうだが、それは「表向きの理由」だったのかもしれない。山田さん曰く、その圃場は宅地につながっており、最初は買うつもりでいたのだが、宅地並みの価格を提示されたため「とても買えなかった」とのこと。「買うと言いながらも買わなかった」のが、返せと言われた本当の理由ではないかと分析する。しかし、それは推測に過ぎず真実は地主にしか分からない。畑が良い状態になったら返してくれとお願いされるのは新規就農ではよくある話。

そして、畑を泣く泣く返すことに。3年前といえば「ベリーがたわわに実り、べらぼうに採れた。摘み取り体験に自信を持つきっかけとなった」と言うほど、豊作となった年であった。

地主に返すことになる畑に植えていたベリーの木は、友人に頼んで一緒に他の畑に移植することにした。しかし、山田さんは移植を急ぎ、12月にしてしまった。12月の畑は寒くてガチガチ。ベリーの木の根っこは凍っている。浅くしか掘れないので、根っこは折れてしまう。佐久市の改良普及センターから「12月なんかにやるもんじゃない」と事後に注意を受けてしまう失態。

現在は5反歩に拡張された軽井沢発地ベリー園の圃場のひとつに、移植されたベリーがある。今年も実をつけたが、「3年前と比べると実付きは良くない」と嘆くも、来年以降に期待を寄せる。

「移植のときに根が切れるでしょ。だから去年は実が何もならなかった。ようやく2年目でこの状況まで実がなるようになりました。全盛期の半分以下だけど」

移植をしたために収量はさがっている。来年に期待している、と山田さん。

返した畑は水はけ対策を施していたが、他の畑は予算の都合上、パイプはあまり通せず、高畝にして水はけの対策をしている。

畝の高さは木の成長、大きさに合わせてチップを毎年重ねている状況のため「感覚的」に決めてるところがあるという。ばらつきはあるが、それぞれ30~60cmくらいだ。畝の容積、体積で根の張りが決まるからもっと広げたい、という山田さん。しかし、なかなか手が回らないという。

後編で詳述するが、収量が落ちている状況のため、現在は生食用のブルーベリーの販売は限定的にし、手作りのジャムに注力している山田さん。軽井沢発地市庭や、ルグラン軽井沢ホテル&リゾートなどで販売している。軽井沢発地市庭は軽井沢産の農産物などを販売し、山田さんのジャムは高級志向の観光客や別荘族が買っていくという。ここでの販売が農園の収益を支える軸となっている。

「売り上げは年間200万円いかない。150万円くらい。収益が出始めたのは就農してから5年くらい経ってからです。実が取れるようになるのが苗木から5年くらい必要なので。ただ、軽井沢は関東に比べたら寒いため、しっかり取れるようになるには8年は必要です」

なお、収益150万円は少ない額になるかもしれないが、山田さんは住居は持ち家のため賃料は発生せず、無借金。また生活費は年金でまかなえるため、農園での収益は自身の小遣いや趣味代にそのまま回せるという。

とにかく寒さに強いベリーの品種を選んだ

しかし、移植前の状況は良かったのも事実で、それは品種選びがうまくいった証かもしれない。山田さん曰く、就農にあたり、特にこだわったのがベリーの品種選び。「これだけはこだわりました」と笑顔を見せる。

軽井沢も温暖化の影響はあるとはいえ、夏は避暑地ならではの涼しさ、春や秋は肌寒さ、冬は外に出るのをためらうほどの厳しい寒さがある。ブルーベリーは寒さに強い品種、それと早生、中生、晩生も意識して品種を選んだという。実の大きさは特に意識しなかった。

「品種選びさえ間違えなければ北海道から九州までどこでも栽培できます。ブルーベリーは実が大きくなる、早生~中生のブルーレイを一番多く揃えました。ほかに早生のスパルタン、晩生のチャンドラー、最晩生のエリオットといった品種もあります」

ブルーベリー以外のベリー類ではハスカップ、カシス、サジーが中心で、「ざっくりとですが、ブルーベリー300本、ハスカップ100本、カシス50本、サジー50本」を植えている。ブルーベリーとサジーの苗は「自分で探し、松本市のニッポン緑産から購入。ハスカップ、カシスは他のところで揃えた」という。

肥料にはウッドチップを使用しているが、「ピートモスは中国で需要が増えたため、価格が上がってしまいなかなか手が出せない」とのこと。購入するにも相当な量が必要となる。なお、即効性のある化学肥料は使っていない。なお、ウッドチップは御代田町の工場から仕入れていた。木材は軽井沢産のものである。

「化学肥料は使ってません。極端に言えばですが、肥料はなくても育ちはします。ここは寒いから木の成長が遅い。関東とは違います。関東だと5年で育つところ、こっちだと寒いから8年くらいかかります。

肥料は、小諸にある浅麓汚泥再生処理センターが配布しているし尿や生ごみなどを処理してコンポスト(堆肥)を活用している。なお、軽井沢町役場のホームページによると、上記の「浅麓エココンポ」は堆肥に近い緩効性のある肥料で、化学肥料のような即効性はないが、土作りなどの基礎肥料として勧めている。


ベリーの栽培管理で気をつけているのが、特に株下の草を刈ること。

樹の足元は草を刈ることにしている。

「感覚的な問題だけど、ブルーベリーの木も足下が密集していると、湿気が溜まって不健康に感じるんじゃないかと思うんです。密集していると虫が住みやすくなりますし。それに、いくら草生栽培といっても畝の草までボーボーだと摘み取りのお客さんが誤って畝を踏んでしまいます。そうすると根がやられるので、株下は見えるようにしています。畝間については草をどれほど刈るかは悩みどころです。あまり刈りたくはないのですが、周りの農家さんは徹底して草を刈る農業なので……。本当、草が全くない」

大粒のひょうでベリー壊滅、天候と獣害に手を焼く

2018年6月、これから本格的な収穫シーズンを迎えるというときに大粒のひょうが降った。軽井沢町、佐久市、御代田町の3市町での農作物の被害総額は4000万円。軽井沢発地ベリー園も被害を受けてしまった。

「全滅状態です。ブルーベリー、ハスカップは9割以上が実を落としました。ブルーベリーは実が熟す前の状態で、ハスカップは実が熟した状態で落とされました。農協にも保険にも入っていなかったですし、本当に困りました。不幸中の幸いでカシスは実が大きくなる前だったので、ほとんど落とされませんでした」

雹害を受けたハスカップ。

自然災害の怖さもあるが、収穫期が6月、7月、8月とわずか3カ月だけで、生産に失敗したときの怖さもある。冬は畑が凍るため作業はできない。12月、1月、2月は繁忙期の夏とは真逆で、「暇になる」。

大自然に囲まれているため獣害もある。
「イノシシ、シカ、ハクビシン、アライグマが現われるのは日常です、日常」と語気を強める。「イノシシはミミズを食べるから土を掘り返す。木が倒されたり、畑がめちゃくちゃになってしまったこともありますよ。でも、このあたりを縄張りとしている、たぶん兄弟のイノシシなんだけど、最近は来ない。片方が捕獲されたみたいで。サルも最近は出ないかな。熊も。獣害対策をしたいんだけど、それぞれ対策の仕方が違うから全ては無理。イノシシ対策で、柵の下からは潜ってこれないように柵を深くしたりする。でも、シカだと高い位置でも飛び越えることができるから柵を高くしないといけない。空からは鳥が狙っているし……。できることをするだけです」

軽井沢発地には圧倒的な自然美がある一方で、自然の厳しさとも向き合わなければいけない。それが大自然のなかで農業をするということなのだろう。

取材協力/軽井沢発地ベリー園 山田重夫
取材・文/大地功一

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