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北海道仁木町のベテランが、シャインマスカットに挑戦!

公開日:2019.9.30
8月末、シャインマスカットの袋を外し、房の様子を確認する田中さん。

果樹生産量北海道No.1

札幌から西へ58km。余市郡仁木町へやってきました。隣接する余市町と並んで、北海道でも最も果樹やミニトマトの栽培がさかんな町です。

特にサクランボは北海道の生産量の40.6%、生食用ブドウは49.9%、プルーンは41.4%、ミニトマト20.8%を占めていて、いずれも道内No.1を誇っています。

[図1]仁木町の果樹・野菜の栽培面積(平成29年 北海道農政部 仁木町産業課調べ)

8月末、仁木町の旭台地区で、サクランボ、生食用ブドウ、プルーンを栽培している、田中信廣さん(72歳)の畑を訪ねました。周囲を見渡すと、日当たりがよく、なだらかな傾斜地が続いていて、ここが古くから果樹栽培に適した場所であることを物語っています。

「果樹は私で三代目。18歳の時からやっているので、今年でもう55年になります」

そんな果樹栽培のベテランの田中さんに、旭台における果樹栽培の歴史を教えていただきました。

日当たりの良い丘陵地が続く仁木町の旭台地区は、昔から果樹栽培がさかんな地域。

リンゴからブドウへ…

かつてアイヌ語で「長流内(おさるない)」と呼ばれていたこの地域で、最初に栽培された果樹はリンゴだったそうです。当初は「国光」や「紅玉」などがメイン。それが後に「デリシャス」「スターキング」、さらに「つがる」「ふじ」へと移り変わっていきます。

「リンゴは手間がかかるわりに、値段が安くなってしまって…。それからブドウに変わっていきました。私が30代の頃です」

当時導入されたのは、全国的な人気を誇っていた小粒の「デラウエア」。アメリカ生まれで明治期に日本に導入された黒色の「キャンベルアーリー」。そしてアメリカ原産で、長野や北日本で主力となったグリーンの「ナイアガラ」等が中心でした。

取材当日、田中さんの作業場では、デラウエアとナイアガラが出荷に向けて、箱詰めされていました。

「北海道では、この3品種は変わらず、今もずっと主力品種なんです」

昭和の頃から根強い人気のデラウエア。
北海道では、キャンベルアーリーとともに主力品種のナイアガラ。

田中夫妻は、2人で収穫したブドウを選別して2キロ箱に詰め、地元の出荷組合を通じて農協や札幌の市場へ出荷しています。とくにキャンベルアーリーとナイアガラは、ほぼ北海道内で消費されるので、津軽海峡を渡って本州以南で出回ることはまずありません。

「デラウエアはジベレリン処理するけど、キャンベルやナイアガラはジベ処理なしで、種が入ったまま。それでも北海道の人は、種があってもあまり気にしないんです(笑)」

昔ながらの品種を、皮ごと口に入れ、皮と実の間の果汁を味わってから、吐き出す。北海道では、そんな味わい方が一般的のようです。

大粒品種に挑戦するも……

デラウエア、キャンベルアーリー、ナイアガラ……これらの品種は、かつて日本の主力を占めていました。

種ありのナイアガラは、北海道で出回る。

ところが、のちに本州では巨峰やピオーネ等の大粒品種が登場しました。大粒で甘く食べやすく、ジベレリン処理を施しているので、種もないことから、瞬く間に人気に。岡山、長野、山梨等、果樹栽培を得意とする県で、急激に生産量を伸ばしていきました。

2016年の、農林水産省の「特産果樹生産動態等調査」によると、食用ブドウの栽培面積ランキングで、1位は巨峰(4,127.8ha)、2位ピオーネ(2,264.4ha)、3位デラウエア(2,214.0ha)。そして4位にシャインマスカット(1,196.6ha)が続いています。しかし、仁木町や北海道の果樹園で、なかなかデラウエア以外の上位品種を見かける機会はありません。それはなぜでしょう?

「私も昔、苗木のカタログを見て『甲斐路、いいなあ』と思って、いろんな大粒品種の苗木を取り寄せて、畑に植えてみたけれど、ダメでした。どうしても凍害に遭ってしまう。本州よりも北海道は秋が短いので、11月まで樹にならして置けないのです」

80年代、仁木町では田中さんだけでなく、ブドウ生産者の誰もが大粒品種の「巨峰」や「竜宝」の苗を植えて、栽培に挑戦しました。しかし、本州よりも収穫時期が遅い上、冬の訪れが早いため、気温と時間が足りず、市場が求める味が出るまで、果実を充実させることができなかったのです。

「Xmasのシャイン」を目指して

ところが、8月30日。田中さんのブドウ用のハウスに、青い袋をかけた大粒のブドウが実をつけていました。そっと袋を外すと、見事なグリーンの房が現れました。収穫にはまだ時間がかかりそうですが、それはまさしく、日本だけでなく海外でも今、人気急上昇!急激に栽培面積を伸ばしている、あのブドウです。

8月末のシャインマスカット。9月末には出荷できる。

「田中さん。これはもしかして……」

「そう。シャインマスカットです」
「今、人気の品種ですよね」
「はい。今、仁木町の生産者仲間たちと栽培方法を研究中です」

「シャインマスカット」は、日本の農研機構が交配した品種で、2006年の登録以来、全国的に栽培面積が増えています。歯ごたえがよく、マスカットの香りがあり、糖度も高く、しかも皮ごと食べられる。しかも貯蔵性、輸送性にも優れているので、海外輸出も可能。

関係者の間では、「国が作った最高傑作」とも呼ばれています。

そのシャインマスカット、本当に北海道で栽培できるのでしょうか?

「仁木町でも若い人たちが、早くからシャインに取り組んでいて、立派な房をつくる人も出てきました。私も作ってみようと思いました」

地元では20〜70代のブドウ生産者が参加するシャインマスカットの研究会が発足。田中さんも参加して、北海道の気候に適した栽培方法を探ってきました。

その結果、「これまでの品種と違って、シャインマスカットは、凍害にかかりにくいので、露地栽培は無理でも、ハウス栽培ならなんとかいける」ことが、徐々にわかってきました。

「この品種は真面目に作れば高値で売れて収益も上がります。若い人たちは、これからシャインに力を入れていった方がいい」

「こうして苗木を植えると、3年で棚に上がります」と田中さん。

田中さんが、初めてシャインマスカットの苗を植えたのは7年前。苗が伸びて3年目頃から枝が棚の上に上がり、4〜5年目にようやく収穫できるようになります。そして昨年から本格的に出荷をスタート。今年で2年目になります。

かく言う田中さんは、ずっと以前から妻の愛子さんと、「70歳になったら体がきついから、農業はきっぱり辞めよう」と決めていたそうです。それでも「もう少し続けてみようか」と思ったのは、この品種にこれまでにない可能性を感じたからかもしれません。

北海道も含め、日本中で栽培できるシャインマスカットは、栽培適地の広さでも、驚異的なポテンシャルを持っていることがわかります。

8月末、仁木町ではハウスで袋をかけた状態だった房が充実し、9月末にようやく収穫を迎えます。これはきっと、「日本で最後に販売できるシャインマスカット」になるでしょう。

大粒品種の栽培は、北海道では難しいといわれていたが、シャインなら……と、期待が膨らむ。

他品種に比べ、貯蔵性が高いのもシャインマスカットの特徴です。場合によっては、年末の「クリスマスに味わえる仁木のシャイン」になれるかもしれません。

中国や韓国、台湾の人たちにとって、「北海道」は憧れの地であり、ブランドです。栽培法が確立されて、量産が可能になったら、海外へ輸出していきたい。仲間たちの間では、そんな希望も膨らんでいるそうです。

夫婦2人。4haで果樹栽培

そんな田中家の栽培面積は、約4ha。6月末のサクランボの収穫時に近所の「出面さん(でめんさん:北海道でパートタイマーの女性の意)」を雇用する他は、ほとんど夫婦2人で作業を行っているというからオドロキです。

「私の家内も同じ旭台でブドウを作っていて、休日には私も手伝いをしていますが、2人でこれだけ作れるご夫妻は、なかなかいません」

そう話すのは、仁木町役場で農業委員会事務局を担当している泉谷享さん。果樹農家としてブドウ・サクランボ・プルーンを栽培している泉谷夫妻にとって、同じ地区の先輩である田中夫妻は、病害虫の対処法や天候不順な年にどんな対策をすればいいか、いつも相談に乗ってくれる、心強い先輩でもあります。

妻の愛子さんは、農家の出身ですが、47年前に嫁ぐまで、果樹栽培の経験はありませんでした。それでも草刈機を自在に乗りこなし、ハウスに登ってビニルをかけ、冬場は信廣さんが剪定した枝を集める……いつも早朝5時から夫婦で畑に出て、一緒に作業を続けてきました。

愛子さんの乗用草刈機。荷物の運搬にも利用している。

2人でも多品種多品目栽培を続けて来れたのは、少しずつ時期をずらしながら作業を続ける、栽培体系を作り上げてきたから、田中夫妻の栽培暦は以下のように続きます。

6月25日〜7月20日…サクランボ(佐藤錦、紅秀峰、南陽、水門)収穫
8月初旬…ハウスブドウのバッファロー収穫 草刈り
8月中下旬…ハウスのポートランド、キャンベルアーリー、ナイアガラ収穫
9月20日…露地のキャンベルアーリー収穫
9月末…ハウスのシャインマスカット収穫
9月末〜10月上旬…露地のナイアガラ、スチューベン収穫

ブドウの合間を縫って、早生と晩生のプルーンも栽培している忙しさ。この見事な品種リレーが、「2人で4町歩栽培」を実現させてきたのでした。

同じ旭台地区で、ブドウを栽培する泉谷さんと。
ブドウの作業の合間を縫って、北海道特産のプルーンも栽培している。

「サクランボの雨除けハウスにビニルを張るのも町内で一番早い。田中さんが張ったから、うちも始めなくちゃと、毎シーズン思うんです」

と、泉谷さん。そんな風に、旭台地区の果樹農家をリードしてきた田中夫妻ですが、あとどれくらい栽培を続けるかは、2人で相談しながら決めることになりそうです。

2人で約半世紀。田中夫妻は4haの果樹園を切り盛りしてきた。

それでもお二人の間には、寂しさ微塵も感じられません。というのも……

「旭台は、以前は休耕地や不作地、遊休地だらけでしたが、最近は企業や若い人たちが、ワイン用ブドウを作りにやってきて、町内も活気づいている。生食用を作っている若い人たちは、『日本一遅く出せるシャイン』を目指せばいい。地域がだんだんいい方向に変わってきている。これが仁木町全体に波及していけばと思います」

夫唱婦随で半世紀。田中夫妻が半世紀の長きにわたり果樹栽培を続けてきた仁木町の旭台は、今、ドラマチックに変わろうとしているのです。

取材協力/北海道余市郡仁木町農業委員会
取材・文/三好かやの
写真/杉村秀樹

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