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第32回 「農耕」とはなにか

公開日:2019.9.24

『タネをまく縄文人 最新科学が覆す農耕の起源』

[著者]小畑弘己
[発行]吉川弘文館
[入手の難易度]易

知らなかった。こんな方法があったのか。ページをめくって数ページ、ワクワクしてきた。この本は、コクゾウムシの歴史に関する本と言ってもいい。コクゾウムシの歴史に新たな1ページを開いた。そもそも、コクゾウムシってなんだ、という人もいるかもしれない。穀物を食べるゾウムシの仲間、ということで、僕らは、貯蔵するお米に「湧いて出てくるやっかいな虫」というイメージを持つ。ところが、本書に登場するコクゾウムシは、イネが日本にやってくる以前から日本にいて、縄文人が食べていたクリやドングリを食害する虫だった。縄文人の生活に身近な害虫で、人々の暮らす暖かな環境で越冬し、一緒に移動していた。

この本は、日本における「農耕」の起源を書き換えるようなことが書かれている。かつて(数千年前)日本には縄文土器や土偶に代表される文化を持った人々が広く暮らしていた。この縄文人たちは、狩猟や採集を生活の手段として長い平和な生活を送っていたと言われてきたが、朝鮮半島からイネが伝播して稲作を中心とした弥生時代よりもっと前から「農耕」を始めていたのである。そもそも、「イネ以前」の作物の栽培や農耕はどうだったのか。著者はクリやダイズ、アズキなどの作物を取り上げている。イネが渡来する以前に縄文人さまざまな植物を栽培化し、育てていたのだ。そもそも、「栽培」、「農耕」とは、どのような行為なんだろう。

世紀の発見「圧痕」という方法

ことの始まりは、縄文時代の土器のなかから、コクゾウムシが入っていた確かな証拠が見つかったことだ。土器を作る際、土の中に混入したコクゾウムシは、土器が焼かれるときの高熱で燃えてなくなるのだが、その形は土器側に残る。これが「圧痕」で、表面に見られる小さな穴にシリコンを注入して型を取り、走査型電子顕微鏡で観察する。あるいは、エックス線を利用してCTスキャンした画像を分析するといった方法が採られている(圧痕法はレプリカ法とも呼ばれる)。この方法によって数多くのコクゾウムシのほかにその他の昆虫や貝類が土器の中に練りこまれていることが分かった。こうした発見をもとに、土器の製造の具体的なイメージ(屋外ではなく、屋内で作業されていたのではないか、といったこと)や、練りこまれた理由などが議論されるようになってきた。

「圧痕」というのは、コクゾウムシの立体プリント
https://www.naro.affrc.go.jp/org/nfri/yakudachi/gaichu/column/column_024.html

「農耕」とはなにか

圧痕法によって発見されたのはコクゾウムシだけでなく、ダイズやアズキもあった。両者は、日本にも野生種が自生することから、それら野生種との比較によって栽培種の有無が推定される。こうした研究を古民族植物学というそうだが、最近の成果によって、ダイズとアズキの栽培が縄文時代に始まったことがわかってきた。いままで、土器の表面に空いた豆粒ほどの穴として見過ごされてきたものが、ダイズやアズキの混ぜ込まれた痕跡そのものだったのだ。

こうして、だんだんとわかってきたことを踏まえて、あらためて、「農耕」の定義が見直されることになる。稲作の始まり=農耕の起源というイメージを書き換える必要がある。

「栽培」……人間による食料生産のための植物に関与する行為
「栽培化」……栽培に対応した植物側の遺伝的変化
「栽培化兆候群」……①種子の自然散布の喪失または減少、②休眠性の喪失、③種子の大型化、そのほかに、登熟期が揃う、毒性や匂いがなくなるなどの変化も見られる(キュウリはもともと害虫に対応するために苦かった)。

2009年に世界の著名な植物考古学者が集まるシンポジウム「農耕の起源-新たな資料・新たな考え」がメキシコで開催された。そのときに定義されたのが次のような内容だ。

管理(Management)……野生種(植物もしくは動物)お操作とある程度の管理。栽培化もしくは形態的変化なしに。
栽培(Cultivation)……野生もしくは栽培化された植物の種まき・植えつけのための土壌の意図的な準備
栽培化(Domestication)……植物や動物の形態的・遺伝的変化。
農耕(Farming)……馴化(※じゅんかと読むことが多いが、この本では、「くんか」とルビあり)された植物や動物の利用。
農耕(Agriculture)……狩猟や採集は続いているが、ある共同体の活動を作物栽培や家畜飼育が支配し、また主要な食物となること。

こうした食料作物の栽培を証明するためには、なにが必要だろうか。それは、考古学的には非常に難しいという。ダイズやアズキでは、種子の大型化現象で説明をするが、それは自生する野生種が国内にあって、それとの比較が可能だ。一方で、比較すべき自生種がないものについては、その存在自体が栽培を意味する。人の手によって運ばれない限り存在しないものだからだ。そうした植物の代表が、今の日本の主要穀物であるイネ、オオムギ、コムギのほかに、アワ、キビ、さらに、ウルシ、アサ、ヒョウタンなどがある。クリは、自生のない北海道に移入されていてここにも縄文人の活動の跡が想像できる。栽培の起源は、「環境悪化と人口のバランスによる食糧難」がきっかけであるとか、「饗応(酒づくり)のため」といったことが言われているというが、特殊な条件がなくても、長い時間をかけて暮らしのなかで植物と人間が共生を始めていったのかもしれないと著者は付け加える。たとえば、縄文人の集落での長期間の定住が行われるようになると、集落内につくられる「ゴミ捨て場」に雑草が生え、あるいは食料としている植物がそこに実るようになることで、人間は自然と植物を管理し栽培するようになる、そういうイメージだ。タネをまくこと、発芽し生長するプロセスに関わり収穫する、こうしたメカニズムを縄文人は知っていたのだ。「縄文人は豊かな狩猟採集民」だった、という決まり文句が書き直される日が近いかもしれない。

 

※参考
「推定500匹のコクゾウムシが練り込まれた土器を発見 世にも稀な大量のコクゾウムシ混入土器が導く古代日本人の生活」 2018年の暮れのニュース
https://www.eurekalert.org/pub_releases_ml/2018-12/ku-5121718.php

縄文人の行為は「栽培」か、それとも「農耕」なのか
https://www.joumon.jp/cultivation-or-agriculture/

検索キーワード

#縄文 #圧痕 #ダイズ #アズキ #クリ #栽培 #農耕

プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

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