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第36回 植物復活のふしぎ 〜50℃洗い〜

公開日:2019.10.18

『50℃洗い人も野菜も若返る』

[著者]平山一政
[発行]文藝春秋
[入手の難易度]易

『だれでも簡単、すぐできる!50℃洗い驚異の調理法とおいしいレシピ』

[著者]タカコ・ナカムラ
[監修]平山一政
[発行]実業之日本社
[入手の難易度]易

『50℃洗いのすべてがわかる本』

[発行]マキノ出版
[入手の難易度]易

2012年に話題になった「50℃洗い」

自分で種子を播き、野菜を育てるようになると、自然と自分が食べるほかのものや調理の仕方にも関心が出てくるものである。

僕もそうだった。キュウリやレタス、キャベツが取れるようになると、毎日のように食べるサラダの量を増やすために自分専用の新しい大皿を買った。
さらに、「サラダスピナー」と呼ばれる洗った野菜の水切りをする機器も入手した。有名な女性料理研究家が勧めていたので素直に従って買ってみたのだが、確かに、食感がまったく変わり、レストランで出されるサラダのようになる。

これともうひとつ、大事なのが今日のテーマ、「50℃洗い」だ。50℃から43℃くらいのお湯を使って野菜をつけ洗いする。
これは汚れを洗い落とすというより、素材に水分を吸収させて鮮度感をアップするための「ひと手間」だ。

洗う時間はハーブ類で30秒、葉物なら1~2分、根菜類でも3分ほど。ボウルに湯を張ってジャブジャブとゆすぐだけでいい。食材は煮えることなく、「湯上がり」のようないい感じになっているだろう。

50℃のお湯というのは、手をつけると「熱っ!」となって数秒でギブアップするような感じ。たぶん「ダチョウ倶楽部」の人たちのネタみたいな感じのリアクションが自然と出てくるだろう。

この50℃のお湯の作り方はあちこちで紹介されている通りで、ボウルに沸騰したお湯を適当に入れて、それと同量の水道水を注ぐと大体いい感じになる。
43℃以下になると効果が減る(雑菌の繁殖も抑えられない)ということなので、様子を見ながらお湯を足す。

このような手間をかけることでどんな効果が見られるのか。
まず、輸送でしおれかけた野菜が元気になり、色や食感がよくなる。食味もおいしさを増し、日持ちも向上する。もちろん汚れやアクも落ちやすくなる。

「50℃洗い」の下ごしらえは、野菜だけでなく、果物、肉や魚貝類、一部の冷凍した食品にも効果があり、生臭さや酸化物、雑味を取り、食味・食感の向上が得られるという。
逆に洗ってはいけないものは、スライスたまねぎ、卵、チーズ、ひき肉、当野菜や冷凍餃子といったものが挙げられている。

「50℃洗い」について書かれた本は、考案された平山一政氏の著作を中心に複数出されているが、そのほとんどが2012年に集中している。この年に、雑誌やテレビ番組などで繰り返し取り上げられていた。毎年年末に発表される「流行語大賞」にもノミネートされていた。

参考
2012年「現代用語の基礎知識」選 ユーキャン新語・流行語大賞
年間大賞は「ワイルドだろぉ」だった……。
ほかには、iPS細胞、爆弾低気圧、終活、LCC、塩こうじ、美魔女といった言葉が並んでいる。

食材の色や味、食感が向上し、保存性が増すという「50℃洗い」の提唱者、平山一政氏は、もともと「蒸気」の専門家、エンジニアだった。
大手食品メーカーが手掛ける肉団子の製造ラインを改良するなかで、100℃以下のより低温のスチームで処理することで、よりおいしいものにできることを発見し、「低温スチーム調理法」を研究しはじめた。

この研究の過程で、葉物野菜を蒸すときにアクを感じなくなる温度が50℃であることに気づく。野菜は鮮度を取り戻し、色がよく、香りも強くなった。こうした発見をもとに、50℃のお湯で洗う方法を思いついたという。「50℃洗い」は野菜を50℃で蒸すのと同様の効果があることがわかったのだ。

食物の腐敗菌は35~40℃で最も活発になり、50℃を超えると多くが死滅する。そのため保存性も向上させることができる。
さらに高温にすれば、大腸菌や病原菌をもっと確実に減らせるのだが、食材は火を入れたのと同じような状態になるため50℃というのがまさにベストなのだという。

全草を漬ける花材の水揚げ法

切り花の伝統的な水揚げの方法に「湯上げ」というのがある。
熱い蒸気から保護するために新聞紙などで巻いた切り花の茎の切り口を新たに切り直しておく。これを、グラグラと沸騰したお湯に切り口を2~3cmほど数秒間つけて、引き上げたら直ちに冷水を入れたバケツに茎をつけて水を吸わせる、といった作業を行うもので、花の仕事をする上で欠かせない知識となっている。

2012年、「50℃洗い」を知ったとき、花の湯揚げとすごく似ていることに驚いた。熱湯ではなく、「ぬるま湯」を入れた桶でゆっくりと吸水させる方法もあって、それに近い。それでも50℃という高温でやるイメージはなかった。

園芸の世界では、種子殺菌や病害虫防除に50℃前後の温湯を利用している(日本農業新聞2018年1月1日の記事参照)。

日本農業新聞2018年1月1日の記事
首都圏版で2017年に連載されていた「ここに技あり」から、優秀なアイデアを審査し「ここに技あり」大賞として表彰した。
3位になった神奈川県相模原市の中川良子さんは、50℃のお湯をじょうろや霧吹きを使って葉に散布することで、アブラムシなどの害虫を抑えてきた。その結果、殺虫剤の散布回数を月3回から1回に減らすことに成功した。

葉のほかに茎や花にも気孔がある

植物のからだを循環する水分は維管束がその幹線経路になっているのは間違いない。しかし、植物は表面からも吸水し蒸散している。

「50℃洗い」の平山氏は、気孔が開く温度(ヒートショック)があって吸収を促進しているのではないか、と書いている。

気孔は植物の呼吸と光合成に深く関わる重要な器官で、葉はもちろん茎に多く分布しているが、花弁、萼、おしべ、果実の果皮、さらに根や地下茎にも存在している。
葉の両面に気孔が存在する植物(両面気孔葉)では普通、葉裏(下面)の気孔数が多い。またスイレンのように上面だけ存在するもの(上面気孔葉)もある。

そういえば、博物館などで植物採集と標本作りの実習を教える野外観察会があるが、そのほとんどが、「ポリ袋」に植物を入れて持ち帰るように指導している。30年、それ以上前の観察会でもそうだった。
それ以前は「胴乱(どうらん)」という薄い金属製の箱型かばんに入れるのが植物採集の「標準装備」だった(もともとは軍隊が火薬を入れて持ち歩くかばんだったという)。

ポリ袋の何がいいかというと、植物がしおれにくい、ということだ。草花を採集して、小さな瓶などに茎を入れて持ち帰ろうとしてもしおれてしまうものが多いのだが、ポリ袋だとしおれない。水分の蒸散から守られているのかもしれない。

次の図は、本連載の第29回でも紹介した平賀源内の「物類品隲」(1763年)に掲載されている「ビャクブ」の図だ。
この植物は、現在でも花市場で流通している。しかも、ここに取り上げられているように、異なる形態をもった3種類が生産、流通されている。
流通名は、すべて「リキュウソウ(利休草、利久草)」である。蔓性のもの、立ち性のつよいもの、それに、葉が三輪生する真っ直ぐなもの。250年前の図に掲載されたそのままの姿で、現在も流通していることに驚きを感じている。

図 『物類品隲』第5巻からビャクブ(百部)の図 国立国会図書館デジタルコレクションからhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2555269

リキュウソウは、それほど水揚げの悪いものではないが、全草を水中に漬けて水揚げするとパリッとなる。蔓性のものなどは、とくにしっかりとしてくる。

世の中には、いろんな花屋さんがあるが、店内に和の骨董大小を配置し、クラシック音楽を流す花屋さんを訪ねたことがある。ここの店主は古物商でもあり、骨董を扱うプロだった。

店舗はひとつではなく、いくつかの支店があったようだが、どの店にも共通することがあった。それは、ヨーロッパで仕入れた脚付きの大きな「バスタブ」があることだった。店内の目立ったところにそれはあった。
それはもちろん或る種のエロチシズムを含んだ大型の植物がゆったりと入るサイズだ。切り花の水揚げやディスプレイのための大型花器として日常的に使われていた。すぐれて理にかなった、スマートなアイデアだったのだと今頃になって納得している。

※参考

  • 『超カンタン!魔法の50℃洗い : 今すぐできる温度計つき (TOWN MOOK)』
    徳間書店, 2012
  • 『50℃洗い : 50℃が計れるカード式温度計付き (LADY BIRD小学館実用シリーズ)』
    平山一政 著. 小学館, 2012年
  • 『おいしい!やせる!健康になる!50℃洗いレシピ = 50℃ WASH COOKING RECIPE (エイムック)』
    金丸絵里加 枻出版社 2012
  • 『魔法の温度「50℃洗い」で健康になる : 食材だけじゃない、あなたの体も生まれ変わる』
    平山一政 扶桑社 2012
  • 『「50℃洗い」と「70℃蒸し」 : 食べて健康になる : あわせワザでおいしさ2倍! 決定版 (主婦の友生活シリーズ)』
    平山一政監修 主婦の友社 2012
  • 『「50℃洗い」と「50℃づけ」 : 保温カバーつき : 「洗う」→「つける」だけで食材が驚きのおいしさに : 超ラクレシピ18 (主婦の友生活シリーズ)』
    平山一政監修 主婦の友社  2012

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#サラダ #葉もの #水揚げ #湯揚げ #殺菌 #防除 #リキュウソウ #物類品隲

プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

 

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