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カルチべ取材班 現場参上

環境モニタリングで水分量をコントロール、オリジナルのトマト品種も Happy Village Farm 石綿 薫さん・奈巳さん【前編】

公開日:2019.11.6

今回のカルチベ取材班は、長野県松本市波田町でトマト農家を営む石綿 薫さんのHappy Village Farmを訪問した。石綿さんは、種苗会社で品種改良の研究職の出身。トマトを始め、Happy Village Farmで栽培されている品種のほとんどが石綿さんのつくり出したオリジナル品種だ。

トマトの生育管理を最適化させるため、2018年7月からはハウス内の大気と葉面の温度・湿度、土壌のPF値、日照を記録する環境測定器を導入。自らが営農しつつ、自然農法に適した品種の改良、より効率的で持続可能な栽培方法の研究を実践的に続けている。
環境測定器導入による成果と課題、石綿さんの考える自然農法のあり方について伺った。今回は前編・後編の2回に分けてお送りする。

 

石綿さんは、就農して5年目。農地はすべて借地で、主力のトマトは16.5a、ハウス8棟でオリジナル品種の「ゆめみそら」と「茜空」2種を栽培し、6月~12月の約半年間出荷している。ゆめみそらは6~10月が出荷時期。今回見学させてもらった4棟のハウスでは茜空を栽培しており、2棟は8~10月、残りの2棟は9~12月出荷用。トマトが終わったあとの冬の間は、レタスを栽培するそうだ。

繁忙期もアルバイトは雇わず、石綿さんと奥様の奈巳さんの2人で計画的に作業を進めている。除草の手間を防ぐため、通路はきっちりと防草シートが敷き詰められ、管理が行き届いたハウスは中も外観も美しい。
ハウスの外にポンプがあり、各ハウスに点滴潅水している。

よりおいしいトマトを長く収穫するため、IoTで水分量をコントロール

ハウスには、環境測定器が設置されている。これは、新規就農者の支援団体『信州ぷ組』の仲間に開発してもらったオリジナル品だ。

2ヵ所の気温、地温、葉温、湿度、日射量、pF値を計測する環境測定器。

「以前、伊那のブドウ農家を見学した際、自作の自動潅水装置が設置されているのを見せてもらい、うちのトマトのハウス用にカスタマイズしたものを作ってもらいました。遠隔でデータが確認できるように、データをクラウドに上げてスマホから見られるように改良されています」

この測定器では、ハウス内の2ヵ所の気温、地温、葉温、湿度、日射量、土中のpF値を計測している。計測したデータはクラウドに記録され、ブラウザー上にグラフ表示してデータの推移を確認できる。

測定値はリアルタイムでクラウドに転送されており、スマホから遠隔でチェックが可能。グラフに表示して、データの推移や関連性も調べられる。

気温は、測定器のあるハウスの入り口付近とハウスの中央あたりの2ヵ所で計測。ハウスの入り口付近は、出入りの際の外の温度の影響を受けやすいので、ハウスの奥も計測することにしたとのこと。

葉温の計測には、放射温度センサーを使用。植物の体内温度を測る方法としては、茎に巻き付けるテープや、針を差し込むタイプがあるが、トマトは成長が早く、固定するタイプは扱いにくいことから、放射温度センサーを選択したそうだ。

赤外線による放射温度センサーで葉面の温度を計測。

夏場の日中の葉温は、室温に比べて2、3℃低くなり、気孔からの蒸散によって、トマト自身が熱を逃がし、体温調整していることがわかる。ちなみに、夜間は気孔を閉じるため、室温と葉面温度は同じになるそうだ。

石綿さんが普段の管理で最も気にしているのはpF値だ。土壌の水分量が低いとpF値は高く、十分に潅水されるとpF値が低くなる。

「畝の真ん中に点滴潅水チューブが刺さっていて、外のポンプのコックを開くと、土中にじんわりと染みて、1時間後にはpF値が下がってきます。なるべくこの値が2.1~2.6の範囲に収まるように調整しています。今は、その日の温湿度や照度とpF値の変化の関係性を調べているところ。その日に何分間流せばよいのかがわかるようにしたいですね」

夏場の生育期は、吸い上げる力が大きく、どんどん水を欲しがる。気温が高く乾くのも早い。じゃぶじゃぶと水をやると、割れや尻腐れの原因になり、収穫期が短くなってしまう。点滴潅水しているのは、水を一気に吸い上げすぎないようにするためだ。とはいえ、水分が不足すると、生育が悪くなってしまう。気候の変化の激しい昨今、目測や勘だけで完璧にコントロールするのは難しい。

環境測定器の導入前は、目測と手の感触で乾き具合を調べていたが、地表をポリマルチで覆っていることもあり、それほど乾いていないように見えて、水が不足気味になっていたそうだ。今年はこの測定器でこまめにチェックしているおかげもあり、葉が大きく、収穫量も大幅に増えているという。

環境測定器を導入する前に設置していたpFメーター。最初の2年はpFメーターもなく、完全に目測だったそう。

「勘だけを頼りにやっていたなんて、今思えば、メーターのない車を運転するようなもの。恐ろしいですよ。今は家を空けることがあっても、スマホのデータを見て、ハウスの中の環境が類推できるのは安心です」と石綿さん。

設置して1年。今のところはデータを記録して、関連性を調べているところだが、次に欲しい機能は、サジェスチョン機能だそう。

「pFの安定がトマトにとっては大事なので、ほかのデータとの関連性のアルゴリズムを見つけて、何分潅水すればいいのかをサジェスチョンしてくれるような機能を付けたいですね。具体的には、前日からのpFの上がり方、今日の朝からの気温の推移、日照などを計算し、今日の予想最高気温を入力すると、『何分間潅水してください』と表示されるようなイメージです」

昆虫の行動特性を利用して害虫を減らすIPMへの取り組み

さらに、別のハウスを見せてもらうと、天井にLEDが設置されていた。これはトマトの害虫の天敵を誘引するための紫LEDだそう。石綿さんのトマトのハウス栽培は、完全な無農薬ではなく、IPM(総合的病害虫・雑草管理)に取り組んでおり、昆虫の行動特性によって天敵を集める方法の研究をしている農研機構の霜田 政美氏と長野県の試験場との共同で実証実験をしているとのこと。

天井に設置された益虫を誘引するための紫LED。栽培現場での実験は今年が初めて。

ハウスとハウスの間には、マリーゴールド、矢車草、バジルなどのインセクタリープランツを植えて、害虫の天敵となる昆虫を集めている。

ハウスとハウスの間に植えられたハーブたち。美観のためではなく、害虫の天敵を集めるために育てられていた。

有機無農薬でカボチャ畑から秋野菜へのサイクル

次に、有機無農薬で露地栽培をしている畑へ向かった。ちょうどカボチャが終わり、秋野菜の植え付けをしたばかりだ。

カボチャから秋野菜への切り替えは耕うんすることなく、蔓を這わせていた畝をそのまま使う。

畝と畝の距離は120cm。カボチャの生育中は隣接する畝に蔓を伸ばし、240cmのピッチで栽培している。

「1つの畝にカボチャを植え、隣の畝は何も作らず、蔓を這わせる。カボチャが終わったらすぐに片付けなくても、とりあえず被覆材だけ取り除けば、秋野菜の植え付けができます」

現在は、「紅くるり大根」と、「紅くるり」×「水神三浦大根」のオリジナル品種、カブ、キャベツを作っている。「紅くるり」×「水神三浦大根」は、昨年度に2つの品種を隣り合わせで植えて、自然交雑させ、その種子を取ったもの。

「三浦大根」と「紅くるり」は葉の形状が違うので、交雑したかどうかは葉を見て判別できる。

タネを取る時に「三浦大根」側から取るのと、「紅くるり」側から取るのとで刈り分けているそうだ。今植えてあるのは、すべて「紅くるり」側から取ったもの。つまり、葉は緑のダイコンに見えても、確実に片親は「紅くるり」なわけだ。この中から、「紅くるり」と「三浦大根」の性質を併せ持つものを選び、また種取りを繰り返して品種を固定していくそうだ。

オリジナル品種を作っている理由を訊くと、

「「三浦大根」は、秋播きダイコンとしてはちょっと大きすぎる。「紅くるり」は日持ちもよいが、どこにでもあるし、タネを買えば誰にでも作れる。ちょっとコンパクトで、赤みのある、おいしいダイコンにしようと考えました」

このあと、カボチャを片付けてマルチをはがして麦を播く。11月には麦だらけの中に、ダイコンやカブ、キャベツなどの秋野菜が育っている状態になるそうだ。

そして、秋野菜の収穫後は、麦ごと耕運機にかけてすき込まれる。麦は穂が出る品種を使っている。それは春播きのカボチャへの刈り敷き用に便利だから。マルチ麦だと座死するまで待つとカボチャの着果が悪くなるし、防草シートが敷きにくい。秋播きでは穂が出る前に冬が来て枯れるので問題ない。

春になったら畝を立ててマルチを張り、通路で麦を育てる。麦が成長したところで刈り倒して、その上に防草シートを敷くのだそう。すると、シートの下で腐熟し、土壌動物の餌になる。

通路のシートをはがしてみると、藁の下にはつぶつぶのミミズの糞がびっしりと溜まっていた。これが秋野菜の栄養、来シーズンのかぼちゃの栄養になるわけだ。

というわけで、この畑では4、5年間、肥料を入れることなく栽培を続けているという。

片隅に防草シートが巻き取られている。このあと麦をまく予定。

当初は防草シートを使わずにやろうとしたが、メヒシバと猫じゃらしだらけになってしまった。草をかき分けてカボチャを収穫するのは効率が悪いし、地主さんにも迷惑がかかることから、一面に防草シートを張る方法に切り替えたそう。

虫が多い時期にもかかわらず、石綿さんの畑ではほとんど虫を見ない。ダイコンの畝はマルチもトンネルもなく、野ざらし状態にもかかわらず、葉は虫食いがなくきれいなままだ。無肥料なため虫が集まりにくく、無農薬で育てて自家採種を繰り返していることで、種子自体が徐々に虫に強くなってきているのかもしれない。後半では、石綿流の有機農業について深堀りしていく。

取材協力/Happy Village Farm 石綿 薫さん・奈巳さん
文・写真/松下典子

 

 

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