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カルチべ取材班 現場参上

地域や栽培環境に合った品種づくりで自然農法の確立に挑む Happy Village Farm 石綿 薫さん・奈巳さん【後編】

公開日:2019.11.11

今回のカルチベ取材班は、松本のトマト農家、石綿 薫さんのHappy Village Farmへお邪魔した。品種改良の研究を長年続けてきた石綿さんは、農業の現場で実際に使える自然農法向けの品種づくりと栽培方法を確立するため、自ら就農。後編では、石綿さんの品種づくり・栽培のこだわり、今後の営農プランについて伺った。

秋野菜の畑を後にし、多品目を栽培しているもうひとつの畑へ向かった。ここでは、鞍掛豆、黒大豆、パプリカ、ナス、キュウリ、ニガウリ、ジュウロクササゲ、オクラ、ズッキーニ、フルーツホオズキを栽培しており、直売所や飲食店などへ出荷している。

信州在来の鞍掛豆と黒大豆。

食用ホオズキは摘芯せずにコンパクトに仕立てる

食用ホオズキは、原村のホオズキ農家から種子を預かり、3年前から実験的に育てているそうだ。品種は太陽の子とオレンジチェリー。

「ホオズキ栽培の盛んな原村の農家さんでもまだ栽培方法は模索中らしく、苦労されているので、私も取り組んでみました。ホオズキは1節に1花しか花芽がつかないし、実付きの悪い枝も出やすい。原村では、枝数で収穫量を確保しようという考えで150〜180cmもの広い株間をとり、広い面積で茂った草のなかから収穫していて、これは大変だなと思って」

一方、石綿さんのホオズキの株間は60cmで背丈ほどしかない。同じ品種なのに、原村のホオズキに比べて非常にコンパクトだ。

コンパクトに仕立てられた食用ホオズキ。あまり摘芯をせず、自然に茂らせている。

「ホオズキは早いステージで摘心すると、枝はたくさん出るけれど、花がなかなか来ない枝が多くなる。摘心せず、ナス科植物らしい姿に枝分かれさせていくと、主枝はすべて花芽がつくし、短くて花芽が優先する着果枝も出てくる。中盤から混み合うと徒長枝も出てくるので、実付きの悪い枝を間引くようにすればいいのかなと思っています」

枝の間にホオズキの実がびっしり。地上50cmあたりから鈴なりに実っている。

摘芯せずに早いうちから結実させることで成長に負荷がかかり、自然と株が暴れにくくなる。株がスッキリまとまり、実がたくさんなるので収穫がしやすい。栽培面積がコンパクトになれば、そのぶん管理が行き届き、品質の揃ったものが作れるようになる。

原村のホオズキ農家の栽培方法では、株が大きく育つまで結実させないため、出荷は9月から。石綿さんの方法にすれば、株が小さいうちから実がつくので、8月中旬から収穫できるという。

今年は趣味で実験するだけのつもりだったが、3件の飲食店に卸すことになったそうだ。今年は少し混みあっていたので、来年は株間を100cmに広げて、もう少し数を減らして作ってみるとのこと。

無農薬・無肥料なのに、虫がつかず、たわわに実る

ナスは、百両ナス、米ナス、イタリアナス(ロザビアナス)、水ナス(ごちそうナス)を栽培。本来のイタリアナスは強いトゲがあるので、日本のトゲなしナスと交雑させてトゲをなくしている。そして、種子が大きくなるのが遅く、実付きの多いものに改良しているそうだ。

一般的な丸い米ナスに比べて日本の中長ナスに近い形で料理に使いやすい。

オリジナル品種の白オクラは、もともとは薄緑のオクラと赤いオクラを交配して、赤いオクラをつくるつもりだったが、味のいいものを選んでいくうちに白くなったそうだ。実を大きくしても固くならないのが特長とのこと。

柔らかくておいしいオリジナルの白オクラ。

カボチャ畑と同様、こちらの畑の通路にも防草シートがびっしりと張られている。春は緑肥として麦を育て、その麦を刈って敷き藁にして、敷き藁が腐熟して夏草が出始めるころに防草シートを張る、というサイクルだ。

「必ず、前の植物が根を張り、独自の動きをしているところに次の作物が入り、前に作られた空間を引き継いでいく。というやり方をしています」

いずれの野菜も、とても大きくきれいに育っている。そしてやはり虫がいない。4、5年に一度、そば殻ボカシをすき込むだけで、ほぼ無肥料で栽培しているそうだ。

一般的に肥料食いと言われるナスもパプリカもたわわに大きな実がついている。近隣の農家からは石綿さんの畑だけ虫がいないことを不思議がられているらしい。

大きなパプリカがたわわに実っている。虫食いがなく美しい。

「いったいどんな防虫対策をしているのか? 木酢かい? なんて、よく聞かれます。何もやってないんですけどね」と奈巳さんは笑う。

もちろん近隣の畑には虫がいるので、まったく虫が来ないわけではないが、植物自身が本来の持っている防衛力で、虫が寄りつきにくくなっているのだろう。肥料も農薬も手間もかからず、収量も高いなんて、こんなうまい話はない。みんなやればいいのに、と単純に考えてしまうが、表面的に真似をしただけでは、きっとうまくはいかない。肥料の入っていない庭の土に、買ってきた苗を植え付けてもうまく育たず、あっという間に虫や病気にやられてしまった経験は誰しもあるはずだ。

どんな作物でも有機無農薬ができるわけではない。現に、石綿さんでさえ、トマトの無農薬栽培は難しいという。うまくいっているのは、石綿さんが虫のつきにくい品種を選び、さらに育種を繰り返すことで、自然栽培に適した丈夫な品種を意図的につくり出しているおかげだ。

農業のあり方とそれに合わせた品種をセットで追求する

石綿さんの品種づくりと栽培に対する考え方は、研究者として長年培われた植物の知識や品種改良の技術がベースにありそうだ。石綿さんは、大学で農学部を卒業後、千葉の種苗会社に就職。トマト、ブロッコリー、カリフラワー、白菜をメインに品種改良の仕事を担当していたそうだ。

その後、松本市にある自然農法国際研究開発センター(以下、自然農法センター)に転職するのだが、もともと石綿さんの勤める種苗会社と自然農法センターとは、育種協力という形で交流があり、石綿さんが交配したトマトの種子を自然農法センターに送り、栽培して自家採種した種を再び送り返してもらう、といったやりとりをしていた。

転職のきっかけとなったのは、あるとき石綿さんが試したトマトの露地栽培の実験だ。

「今の日本ではトマトはハウスで作るけれど、なぜ露地で作らなくなったんだろう? ハウスの土は何年も繰り返し栽培することで疲弊していく。1作でも露地で作ることができればハウスの土を休ませることができるのに。と、ふと考えたのです」

そこで石綿さんは、露地でいろいろな品種を育ててみることにした。しかし、昔の品種から最新の品種までを集めて、ひととおりずらりと栽培した結果、ほとんど雨で全滅。その中で、石綿さんが交配した品種と、自然農法センターが栽培して自家採種した品種、もうひとつはブラジルから入手した系統だけが病気にかからず生き残った。昔の古い系統は、ほぼ枯れて実はならなかったものの、ぎりぎり生きていたそうだ。

「この実験をして、日本の近代的な育種は、露地でも作れるものをハウスでしか生きられないものにしてしまったのだな、と思いました。そこで、農業のスタイルに合わせた品種の改良は面白そうだな、と自然農法センターに見学に行ったのです」

すると、そこは一面草だらけ。そのなかであらゆる野菜が栽培されており、雑草に弱いはずのナスがきちんとなっていることに、かえって面白みを感じたそうだ。

「無農薬ということよりも、農法と品種が近い距離にあることに共感しました。無農薬にするには、そのための種子がなくてはいけない。もともと農業のあり方と、それに合った品種をセットにすることに興味があったので、自然農法センターに転職して研究を続けることにしたのです」

こうして、自然農法センターに転職。自然農法センターには、品種研究と栽培研究の2つの部門があり、当初の6年間は品種の研究開発を続けていたが、そのうち栽培の様子が気になり始める。

「理由のひとつは野菜の栽培担当者がころころと変わったこと。もうひとつは、植物の基本を知らずに入ってくる人が多かったこと。土に何かを入れて環境を良くすれば、良い野菜ができるだろう、という程度の考えで、基本的な野菜のつくり方を知らない。例えば、カボチャを育苗するとき、大きく立派な苗に育ててしまう。それを自然農の土地に植え付けると、途端に葉っぱが黄色くなり、生育が止まるのです」

ウリ類は、地上部が伸びるよりも先に根が成長する。つまり、地上部が立派に育っている苗には、すでに根の成長が一段落しているのだ。根の生長が一旦止まってしまっていても、化学肥料を用いた養分濃度が高い畑ならばその弱い根張りでも生長が続けられる。しかし、吸いやすい肥料分の少ない有機農法の畑や気温の低い時期にすっかり出来上がった苗を植えると、地上部に栄養が行き届かずに弱ってしまうのだという。

「その作物の生育特性を調べて、丈夫に育つための方法を考えるのが本来の農業。自然農がうまくいかないという人は、こうやれば自然農法、というどこかの誰かがつくった型が先にあり、作物やその畑の方を型に合わせようとしていることが多い。作物や畑の性質を無視して無農薬にしようとするとうまく育たず、農薬の代わりに何かをつかって病害虫を防ぐ、という考えになってしまう。農業は、作物が主役。農薬や化学肥料を使わなければ自然なのではなく、目の前にある現場の作物や土が示しているものこそが自然のはず。作物に目を向けずに、単に人間の思いを押し付けるやり方では、従来の農法と何ら変わりません」

見かねた石綿さんは、栽培研究の部署へ異動を希望し、その後7年間は栽培研究に勤しんだ。

そこから就農するに至ったきっかけは、新規就農者支援団体「信州ぷ組」との出会いだ。当初は、技術のサポートとして参加していたが、2015年に就農を決意。

「研究だけなら、研究者でいるほうがいい。でも研究員は、なかなか生産者と接することがなく、現場を知らないんですよね。農学は、農家に試してもらってナンボの世界。現場の近くで研究をやらないと、役に立つ技術が開発できないと思ったのです。ならば、いっそ自分でやるか、と」

採算がとれるかどうかはまだこれからだ。

新規就農者の多くは、就農計画で出した売上の数値はクリアしたとしても、実際には思いのほか経費が嵩み、自転車操業になってしまう。農業を続けていく限りは、今すぐつぶれてしまうことはないが、年をとって、体力が落ちてくれば今と同じペースで働くことはきつくなる。経営を安定させるには、最適な作付面積、自分に合った経営規模を見つけて、最適化していく必要があるだろう。

石綿さんは、多品目の場合、ちょうどいい規模が見つかるのは、10年はかかるとみている。石綿さんは就農から5年目なのでちょうど折り返し地点だ。

「トマトの去年と今年は作型を変えたため、去年に比べて秋トマトの出荷量が大幅に増えました。すると、今まで通りのつもりでキャベツの苗を用意していたら、出荷作業に追われて植え付ける時間が無くなってしまいました。無理に予定をこなそうとすると、今度はほかの管理が行き届かなくなり、悪循環に陥ってしまう。そこを最適化させていき、スムーズに回るようにするまでは、もうちょっとかかりそうです」

今はいろいろな作物を育てているが、徐々に品目を減らしていき、トマトに特化していく計画だ。また、トマトの環境測定器も導入から2年目。今後は潅水の自動制御といった機能拡張も検討している。

「冬春のトマトは環境制御が進んでいるが、夏秋での導入例は少ない。まずは、春から夏、秋までの栽培の流れの環境制御を確立し、これからトマト栽培を始める人が自分の求める品質にあった潅水計画を組めるようなモデルを作りたいですね」

今回、石綿さんの農場を訪問して、種苗メーカーや研究機関での研究と、実際の農業の現場とでは、少なからずギャップがあることを知った。石綿さんのように就農するのはなかなか難しいが、メーカーが開発する農業機器や大学でのバイオ研究など、さまざまな技術が現場に活かせるように、農家での実証実験や、交流がより深まっていくことに期待したい。

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