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園藝探偵の本棚

第38回 オキュパイ・シティ 街を花と緑で埋め尽くせ

公開日:2019.11.1

『都市緑花最前線-アーバンガーデニングの方途を探る-』

[監修]近藤三雄
[発行]グリーン情報
[入手の難易度]やや難

この本は、1998年に発行された。すでに日本のバブル経済は崩壊し、世の中には不況風が吹き始めていたが、切り花の消費金額は、現在までの30年で最高レベルに達していたし、家庭園芸のジャンルでは、空前のガーデニングブームがまだ続いていた。このような時期に、全国各地で繰り広げられたさまざまな「緑化」事例をまとめて編まれたものが本書である。この本では、緑化という言葉の他に、「緑花(花と緑)」という言葉を多用する。街路樹、垣根や植え込み・植栽、地被植物(グリーンカーペット)のように植物の枝葉に主眼をおいた緑化だけでなく、花を積極的に活用するという意味を強調するために用いられている。そこには、単に植物を配置するだけではなく、従来とは異なる新しく、かつ適切な管理対策も含まれる。まさに「花と緑」による環境の再構築とその事例についてまとめた本である。事例は雑誌「グリーン情報」の都市緑化最前線という連載で発表された100本近い記事(事例紹介)が中心になっている。監修は、東京農業大学地域環境学部造園科学科の教授(当時)、近藤三雄氏。近藤氏は、誠文堂新光社から『絵図と写真でたどる 明治の園芸と緑化: 秘蔵資料で明かされる、現代園芸・緑化のルーツ』(2017年、平野正裕氏との共著)を出された。

目次を示す。今回は、序章と終章を中心に近藤氏の「アーバンガーデニング」の展望をまとめてみた。

序章 「花博」は緑花時代の幕開け-緑化の批判、緑花への展望-

第一章 花と緑で屋上を都市のオアシスに

第二章 最先端の室内緑花の取組み

第三章 時代を拓く、新たな緑花技術

第四章 花や緑の空間づくり色々

第五章 緑花行政最前線

第六章 花や緑のフェア・町づくり

第七章 新たなニーズに合った緑花用植物の生産

終章 アーバンガーデニングの方途を探る

アーバンガーデニングとは

この本のタイトルにある、「アーバン(都市の、まちなかの)ガーデニング」とはなにか。近藤氏は、この言葉によって、花や緑による明るく快適なまちづくりを進めようという視座を提起し、多くの人々を巻き込みながら、わが国に定着させたいと考えていた。まえがきでは、家庭から都市へ「緑花」を広げるための新たな知恵が求められており、そのための研究、実行が必要だと説く。実際に、当時の日本の公園や都市には、「緑花」が不足していた。

この当時の(1998年)業界の新技術や資材、また、用いられる植物素材、デザインのトレンドや最新情報を集めることで、園芸や造園のみならず、土木や建築関係も含めて「緑花」に関わる人々に研究すべきモデルを提供し、これらを活用して新たな事業開発やビジネスチャンスを探り出してほしいと述べている。20年後の現在、その構想はどうなったか。この本を読んで、あらためて検討してみたい。この本の刊行後、景観の価値を守るための景観法や都市緑花に関係する都市緑地法(ビル等の緑化を義務付ける法律)が制定・改正され、平成17(2005)年に施行されている。

景観緑三法 国土交通省
https://www.mlit.go.jp/crd/townscape/keikan/index.htm

現状(1998年当時)の批判

まず、手本として示されたのは、ガーデンシティ、ニュージーランドの南島、クライストチャーチ市(2011年2月に大地震に見舞われた)だ。毎年、春、秋の2回、市主催のガーデンコンテストが開催され、個人庭園、住宅地、商店、街路、工場などいくつもの部門があり、個人の庭だけでなく町全体が美しくなる仕掛けになっている(イギリスやフランスのガーデンコンテストの内容については本連載の第23回に記事あり)。

批判……日本では、1980年に開催された花博を機に、町や公園を樹木で画一的に緑化する時代は終わり、「緑花」の時代が到来した、と近藤氏は訴える。林立する高層ビル群に占められた都市でも工夫次第でさまざまな緑花ができる。そのような新しい工法や資材、最適な植物素材が開発、増産されるようになってきている。それにも関わらず、まだまだチャレンジが足りないのではないか。工夫すべきことがあるのではないか。この後に、批判として以下のように述べている。

わが国の場合、昭和30後半~40年代初頭にかけて公害・環境問題を背景に、緑化事業が活発になった。この時代の緑化は、「量」を基準とし、量の追求に終始した。この量の緑化に呼応して「ふるさとの森」が提唱され、管理の不要な樹種(常緑広葉樹を中心とした植栽)が各地の工場などに植えられた。工場で働く人々が休憩時間に寝転ぶことのできる芝生や季節の花が楽しめる花壇ではなく、管理されない藪のような緑地が各地にできた。身近な町の緑は、むやみに植えられた木々に象徴されるように、公園でも快適な空間から程遠く、管理の行き届かない森のようなところが増えた。ここでは、木々を植えすぎることとその管理が行き届いていないことを問題視している。植える樹木の本数を減らし、その分の予算を土作りや管理費に回すべきだと著者は強調し、そのうえで、今後なすべきことはなにかを提言する。

まずは、現状の藪化した植栽に手を入れてリフォームすること。まず、樹木の量を減らし(移植、譲渡)、空間の明るさを取り戻すと同時に画一的な素材ではなく、季節を彩るような草花を導入する。草花や樹木の種類も場所に合わせて快適な印象のものを利用する。花だけでなく、新芽や紅葉、斑入りなど葉の面白いもの、果実の色や形までも楽しめる種類を導入する。もちろん、それで管理が煩雑になるものは避ける。宿根草を中心に、年に一度の刈り込みと除草、あるいは追肥を行う程度で維持できるものを選ぶ。花期が異なる種類を混ぜて植えることで単一の草花による大面積の修景に季節感とダイナミックな変化を与えることもできる。

ビルが立ち並び、それらが次々とスクラップ&ビルドを繰り返す都市の状況を逆に利用し、壁面や屋上を新たな植栽の場所として規定し直す。こうしたビルの植栽は、都市の景観を快適にするだけでなく、夏期の外気熱が内部に貯まるのを抑制し冬季には逆に内部の熱を逃さないようにする効果がある。建物の外構部の植栽についても、従来の画一されたものから緑花へと変えることで建物の美しさを引き立たせ、固さを和らげ、人に優しい空間にできる。従来の鉄とコンクリートの建物が、建築工法の革新から生まれたガラスとアルミニウムによる明るい大空間を特長とするアトリウムを出現させた。この新しい大規模な空間は、現代都市においては野外の公園緑地に代わる市民の憩いの場になっていく。そのため、より快適にするために緑花は欠かせない措置といえる。その分、デザインや育成管理に配慮が必要で、メンテナンスは必要不可欠だ。こうした課題をクリアできれば、人々の心身を癒やし、室内の汚れた空気の浄化も期待できる。

二十一世紀の都市緑化

近藤氏はさらに二十一世紀の都市緑化について次のように展望する。

まず、90年代の都市計画の中心にあった大手ゼネコン企業は、限られた都市空間において、新たに開発される将来の目玉として次の3つを挙げている。①超高層建築物、②人工基盤による海上都市、③大深度地下空間。20年経過した今、海上都市以外は実現した。注目したいのは、この当時、どの空間イメージにも豊かな緑が描かれていたということだ。

このように、平面方向には開発の余地がなくなり、空中や地中、海上へと開発される未来の都市空間。そこには本来の地面ではなく、「人工地盤」による空間が次々と生み出されていくことになる。さらに、完全に人工的な空間を快適にするための装置として大規模な「アトリウム」空間に注目する。閉ざされた場所や自然環境から隔絶された場所に大量の光と開放感を与えるための肺のような場所だ。こうした新しい空間をより快適に感じられるようにするためには、緑化の必要があり、それを実現するための技術や資材、植物素材の研究と開発が求められているというのだ。高層ビルの周囲や屋上、壁面の緑化は都市の「ヒートアイランド現象」を和らげる効果もあり、のちに法制化され緑化が義務づけられた(2001年に制定)。さらに、「テクノストレス」「シックビルディング症候群」という言葉を示し、現代の「働き方改革」にもつながるような、働く人々の心のケア、ストレス軽減に緑花が役立つことを訴えている。

※屋上・壁面緑化を義務づける制度について(都市緑化機構のサイトから)
https://urbangreen.or.jp/tech/green-plathome/okujyoheimenryokukasuisin

緑化の導入と育成管理の要点

ここまでが、21世紀を目前にした都市緑花の意義と提案だが、近藤氏は、実際に施工する際に問題となるポイントについてもまとめている。

①厳しい環境に植物をどのように適応させられるか
自然の営力に頼らず、工学的技術に裏打ちされた「装置的緑化」が重要。使用する植物は、適正なものを厳選・順化・開発する。低照度、乾燥に耐え、根鉢のコンパクトなものetc。生産段階からコンテナ栽培するといった工夫も必須。

②人工基盤の緑化に特化した新たな技術開発の必要
植栽基盤の軽量化、薄層化が前提条件。素材の開発から進める。植栽基盤には、防水層、排水層、保水層、土壌層、植物層に分けられるが、各層を一体化したシステムとして考えることで多様な展開ができる。こうした研究の結果が高価なものになっては導入できないため、コストの問題も常に意識される。水耕栽培の革新、植物育成ランプや太陽光の集光装置の改良などさまざまな取組みがある。

③デザインと素材
いままで室内緑化の主役だった熱帯・亜熱帯原産の観葉植物ではなく、日本のような暖温帯に分布する植物を使って日本の自然、「和」のイメージを演出するといったデザインが求められるとき、どのような素材が使えるのか、順化の方法などを研究し、種類と量を増やす必要がある。緑花発展の基本はメンテナンスの軽減、省管理だ。できればメンテナンスフリーが理想で、その方向でいけば、一年草ではなく宿根・球根の多年草、グランドカバープランツ、オーナメンタルグラス類といったものが期待される。また、コンテナガーデニングの実践で緑花を配置できる場を広げる工夫も必要だ。

④管理面の課題 ホコリ、病害虫対策など
室内緑化には、管理面の配慮が必要な場合がある。室内は、ホコリが立ちやすく、降雨もないため、葉の表面にホコリが付着しやすい。洗浄技術が求められる。通風もなく、恒常的に気温が高いため、屋外の緑化空間以上に病害虫が発生しやすく、その防除対策も問題になる。天敵(生物農薬)を用いるといったこともアメリカでは実際に行われている。

いずれにしても世界を見回すと、数多くの先行事例がある。砂漠地帯のドバイの室内緑化や熱帯の環境をフルに生かしたシンガポールの高層緑化「庭の中にある街」など観光の目玉にもなっている。そうした事例をふまえつつ、日本国内の施工事例も集めて検討し、工夫を重ねることでチャンスを広げ、新しい地点へと前進できるのではないか。先述のように、この本には、全国で実際に行われている緑花の事例が詳しく紹介されている。20年後の現在、たしかに、都市は再開発が進み、新しくできた商業施設や住宅には、過去に見たことのない緑花の景観が次々と生まれている。

20年以上前から、「グリーンビジネスは、造園と園芸の接点にチャンスがある」と言われてきたそうだ。それが、なかなかつかめないでいるうちに、女性や園芸初心者、家庭園芸の分野から「ガーデニング」がブームとなり、短期間で巨大な市場に成長した。たしかにブームは下火になったが、「ガーデニング」という言葉や楽しみは、しっかりと定着していった。専門家やプロと呼ばれる私達は、この「ガーデニング」が示すものこそが、「造園と園芸の接点」だったと後から気付かされる。近藤氏は、「ガーデニング」が開いた新しいビジネスチャンスを都市景観の向上やまちづくりの規模にまで広げたいと「アーバンガーデニング」を提唱してきた。「よくデザインされた花や緑によって都市を美しく修景する」、そのためには、20年経った現在でも、建築・土木・造園・園芸・デザインなどいくつもの領域にまたがる人々が協力して発展させる必要があり、工夫の余地がある。こうした努力を続けることができれば、ガーデニングは家庭園芸の代名詞ではなくなり、人々にたくさんの利益をもたらす好ましい活動として認められていくに違いない。

※参考
『園藝探偵の本棚』第3回 植木の産地 新興植木生産地など
https://karuchibe.jp/read/2612/

壁面緑化システム普及の先駆け フランス人アーティスト パトリック・ブラン (デザイン誌AXISのサイトから)
https://www.axismag.jp/posts/2017/02/69254.html

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プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

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