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自根で育てた「桃太郎」を「びらとり」から全国へ

公開日:2020.1.22

北海道日高地方西部に位置する平取町を中心とするJAびらとり管内(以下びらとり)は、北海道随一の大玉トマトの産地。「加温半促成」と「ハウス雨よけ夏秋どり」のトマトを栽培し、5〜11月まで出荷している。今回は、JAびらとり・野菜生産振興会トマト・胡瓜部会の副会長である松原邦彦さんの取り組みをご紹介する。

「桃太郎」ひと筋、年間42億円を超える大産地

8月29日、平取町の松原邦彦さん(43歳)を訪ねた。栽培面積1.6ha。パイプハウスに青い文字でナンバーが記されていて、その数は46棟を数える。

松原さんは、約100坪のパイプハウス46棟で半促成と夏秋トマトを栽培。

松原さんは高校卒業後、滋賀県のタキイ研究農場付属園芸専門学校へ。帰郷して20年以上トマトの栽培に取り組み、現在はびらとり野菜生産振興会トマト・胡瓜部会の副部会長を務めている。

「元祖桃太郎、ハウス桃太郎、CFハウス桃太郎、CF桃太郎ファイト、桃太郎セレクト、桃太郎ギフト……いろいろ作ってきました。3〜4年前から桃太郎ワンダー、試験的に桃太郎ネクストも作っています」

もともと米の栽培が盛んだった平取町で減反政策が進められた1972年、6軒の農家からトマトの栽培が始まった。冷涼な気候と昼夜の寒暖差、地元生産者の熱心な取り組みと、好景気にも後押しされ、栽培面積と出荷量を着々と伸ばしていった。

トマト栽培が始まった頃、出荷先は主に道内に限られていた。都府県への出荷も試みていたが、棚持ちが悪かったので、当時は硬く廃棄量が少ない品種が優先された。昭和60年代に入り「桃太郎」が登場。栽培を始めたが、府県への出荷は伸び悩んでいた。そこで予冷庫を作って実を鮮度保持し、段ボールを強化して耐久性を上げるなど、地道な努力を重ねていた。

JAびらとり営農生産部藤本義明次長によると、

「京都の仲卸さんが、市場に捨てられているトマトを食べて『すごいうまい』、『北海道へ見に行こう』と、視察にやってきて、『なんとかこれをうまく売ろう』と。そこから全国の市場へ広がっていきました」

JAびらとり営農生産部の藤本義明次長。「品種を選ぶ時は、何よりも味を重視します」。
平取町のトマトの取り組みは、第30回日本農業賞大賞(2001年)他、数々の栄誉に輝いている。

品種の選定基準は「棚持ち」から「味」へ。92年「桃太郎」に品種を統一。以来ずっと栽培し続け、2018年は、生産者戸数163戸、作付面積114.1ha 、販売数量1万1259t、販売金額42億円を超える大産地に成長を遂げている 。

自根の苗を一本仕立てで栽培

松原さんのハウスでは、ちょうど「桃太郎ワンダー」が収穫を迎えていた。

「今、3段目を収穫中。苗は接ぎ木しない自根栽培。一本仕立てで育てています」

JAの育苗センターでは、自根苗を本葉2~2.5枚まで育て、128穴のセルトレイで各農家へ。これをポットに移して二次育苗を行い、一本ずつ株間40 45㎝間隔で定植する。

他産地では、土壌病害を避けるため、接ぎ木苗を使うケースが多いが、びらとりでは徹底的に自根苗にこだわっている。

「品種本来の味を大事にしたいので、接ぎ木はしません。接ぎ木苗は、場所も経費も2倍かかるので、コストダウンにもつながります」(藤本次長)

自根で育てた苗を40〜45cm間隔で定植。分枝は行わず、一本仕立てで栽培。

苗の間に2.1mの支柱を立て、苗と支柱を交互にビニルテープで巻きつけ「共巻き」にしていく。9月上旬には芯を止め、8〜10段まで収穫する。

主枝とトマトを交互に並べ、中段からビニルテープを巻きつける「共巻き」で固定する。
4年前から取り組んでいる「桃太郎ワンダー」。高温着果性や秀品率に優れているが、今年は7月の天候に悩まされた。

近年導入した「桃太郎ワンダー」を眺めながら、松原さんは、

「たしかにワンダーは暑さに強い。ただ、今年の7月は曇天が続き、花数が少なかったり、花芽が飛んで苦労しました」

と話す。一方、タキイ種苗株式会社北海道支店長で、これまで何度も圃場に足を運び、その様子を見てきた藤井厚さんは、

「ワンダーはもともと夏系の品種なので、光が弱いと光合成能力が落ちる傾向にあります。光の弱い年には、冬系のネクストのほうがいいかもしれません」

と話していた。JAびらとりでは、3月上旬~4月上旬にハウスを加温しながら苗を定植する「加温半促成」と、5月初旬~7月1日まで定植する「ハウス雨よけ夏秋どり」の合わせて9つの作型がある[図1] 。気温が氷点下に下がる冬の育苗期や、収穫が終盤を迎える1011月に加温することで、半年以上に及ぶ長期的な出荷を可能にしている。

【図1】びらとりトマトの作型と概要

<作付面積>114.1ha
<作付品種>
加温半促成…ハウス桃太郎・CFハウス桃太郎・CF桃太郎ファイト・桃太郎ネクスト
ハウス雨よけ夏秋どり…桃太郎8・桃太郎ギフト・桃太郎セレクト・桃太郎ワンダー・桃太郎ネクスト

びらとりのトマトは、3月中にハウスを加温して定植を行う「加温半促成」と、5月以降に定植する「ハウス雨よけ夏秋どり」の合わせて9作型で栽培。品種はすべて「桃太郎シリーズ」に統一している。

「寒さがきても、二重カーテンにしたり、暖房機を入れたり。いつでも加温できるのが、びらとりの強みです」

トマトハウスの「天窓」は、びらとり特有のスタイル。夏の間こもる熱気や湿気を抜く効果がある。
6月15日に定植した「桃太郎ワンダー」。8〜10段まで収穫し続ける。

薬剤を使わず還元消毒で土作り

肉牛やサラブレッドの飼育が盛んで、稲わらも豊富な平取町では、各農家が堆肥の材料を手に入れ自ら切り返し、ハウスに投じる、そんな地域循環型の栽培が行われていて、20年程前までは「元祖桃太郎」や「ハウス桃太郎」が主流だった。

「私が帰ってきた時は問題なかったのですが、5年、10年と経つにつれ、土壌病害が出るようになりました」

その後、萎凋病耐性を持つ「桃太郎セレクト」や「桃太郎ワンダー」(夏秋どり)、根腐萎凋病の耐性を持つ「桃太郎ファイト」(加温半促成)を導入。支部ごとに役員が試験栽培を実施していて、現在は「ネクスト」(夏秋どり)を試作中。品種を決める時、最優先になる決め手は「味」。「ネクスト」に期待が高まっている。

「品種の面ではタキイさんにお世話になっていますが、土壌消毒や緑肥など、総合的な土作りを大事にしています」

栽培終了後、土壌消毒を行うが、気温が最も高い7〜8月は栽培期間中なので、太陽熱消毒はできない。しかもJAびらとりでは「土壌消毒に薬剤は使わない」と決めている。そこで毎年収穫後に行っているのが「還元消毒」だ。

圃場から支柱を抜き、残さを取り出したら、サブソイラで土中の硬盤層を破壊。「ホコリの立たない程度に」散水し、100坪当たり600㎏のフスマを散布する。さらに4050㎝の深耕ロータリで耕うんし、鎮圧した後に、ビニルシートをかけ、ハウスを密閉状態にして1ヵ月以上静置。土壌を無酸素状態にして、病原菌を死滅させる。

「なかで発酵が始まって、地温が40℃以上になります。ハウスがドブ臭くなってきたら成功です」

こうした土壌還元が威力を発揮するのは、5月の春還元と9月の秋還元。それ以降は気温が下がり、効果が薄れてしまう。それでも消毒が必要な時は、土中の病原菌を死滅させる蒸気消毒や、90 ℃の熱湯で熱水消毒を行うことも。必要な機材はJAに常備されているが、蒸気消毒は1棟当たり600~700ℓ、熱水消毒は800ℓの燃料が必要になるため、できるだけ還元消毒や、エンバクやキガラシなどの緑肥も併用して、効果的に消毒を行っている。

近隣の肉牛農家の牛ふんを切り返した自家製の堆肥。「雑草が生えてきたら使い時です」。

最新鋭の選果場から「ニシパの恋人」を全国へ

JAびらとりの第一トマト選果場は、2017年12月に更新。4列のフラットソーター選別機を備え、1台で毎時700ケース(4㎏箱)を選果できる。その際、等階級選別と糖度計測を行うAIQ ビジョンによるカメラ選別方式を採用。カメラは上からの撮影のみなので、側面とヘタの周囲は、人の目視でチェックを行っている。

JAびらとり第一選果場。生産者はコンテナに約16kgのトマトを入れて、選果場へ運ぶ。
2017年12月に完成した、最新鋭のライン。パートタイマーの女性たちが、1玉ずつ外観をチェック。
等階級選別と糖度計測を同時に行うAIQビジョンを搭載。毎時700ケースを選別。
ライン上でサイズと階級を合わせて21段階に選別されたトマトを箱詰めする。
選果を終えたトマトは「ニシパの恋人」と明記した4kg箱で出荷。

年間を通して平均糖度は5.5度。なかでも8.5度以上のものは高糖度トマトとして、化粧箱入で販売。高糖度を狙って栽培しなくとも、気温の低い春先と秋口に多く出現する。一方、4度以下のトマトはすべて廃棄。加工品にも回さない。なので、「ニシパの恋人」と名づけられたトマトジュースやカレー等の加工品も、食味の良さに定評がある。「ニシパ」とは、アイヌ語で旦那や紳士の意味。アイヌとゆかりの深い平取町ならではのネーミングで、86年に誕生した。それまでトマトジュースが苦手だったが「初めて飲めた」という人も少なくない。

ジュース、ハヤシライス、ミートソース等「ニシパの恋人」ブランドの加工品。

第一・第二選果場、合わせて100名が働いていて、日量平均2万ケース。最大4万ケース近くを出荷する日も。大ロットで、長期にわたり、食味の良いトマトを、高値で出荷できるのが何よりの強み。出荷先は、道内17.7 %、関東42.6%、関西39.7%と、全国へ広がっている。

とはいえ、これまでの歩みは決して平坦ではなかった。原油の高騰により、加温が必要な半促成栽培の生産者が激減。生産者全戸から坪当たり100円を徴収して3月定植の生産者に補填するなど、産地ぐるみの努力を重ねてきた。昨年9月の胆振東部地震では、3日間停電が続き、最新鋭の選果場が稼働できず、無選別でトマトを出荷した。

高齢化が進むなか、若手の育成が大きな課題となっているが、平取町では2002年から、道内外の新規就農者の受け入れを開始。夫婦で就農することが条件で、1年目は農業研修生として農業全般を学び、2年目は800坪の実践農場で栽培3年目から農地を取得して本格的に栽培を始める。こうしてこれまで22世帯が就農している。

トマト栽培が始まり、あと2年で50年。若手とベテランの間に立ち、産地をリードする松原さんに、改めて尋ねてみた。

接ぎ木苗を使ったほうが、土壌病害のリスクが減るのでは?

「たしかに接ぎ木苗は楽かもしれません。でも一度使ったら安心して、土の対策がおろそかになるし、それで病害に対応できなくなったら、悪循環に陥ってしまうでしょう」(松原さん)

ひとつの技術に頼らず、総合的に土作りに挑む緊張感が伝わってきた。自根で苗を育て、薬剤による土壌消毒は行わない。その決断が、真摯に土と向き合い、安定的に食味の高いトマトを生産し、全国へ送り出す原動力になっている。

取材・文/三好かやの 撮影/杉村秀樹
協力/びらとり農業協同組合 タキイ種苗株式会社

「農耕と園藝」2019冬号より転載・一部改編

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