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第45回 「ヒツジノツノ」羊が実る木

公開日:2019.12.20

『幻想博物館』

[著者]澁澤龍彦
[発行]河出書房新社
[入手の難易度]易

図1 ヒツジノツノ (ゲゲゲの鬼太郎の水木しげる風に マツヤマ作図)

2002年のクリスマスシーズン、僕は大田市場の仲卸に勤めていて、資材屋さんではなかなか手に入りにくいドライ素材を販売していた。当時、親しい輸入商社を通じて、オランダのメーカーからいろいろな種類のドライ資材を仕入れていたのだが、図1のようなおもしろい形のものもあった。大きさは手のひらに載るくらい。名前は、「ヒツジノツノ」という。ずっと扱ってみたかった素材だった。ヒツジノツノは現在、「シープホーン」とか「タルヘッド」、「タルホーン」などと呼ばれているようだ。誠文堂新光社の花の月刊誌『フローリスト』2019年12月号では、79ページのスワッグには「シープホーン」が印象的に使われ、82ページの花束には「タルホーン」の名前で利用されている。

「ガジェットブックス」=標本付きの書籍

「ヒツジノツノ」と出会ったのは、六本木にあった青山ブックセンターだ。平棚に不思議な本があった。標本入りの小箱。エクスプランテ社発行のガジェットブックスという。そのなかの『センスオブワンダー』のシリーズ。図2の右は『不思議な標本1 ヒツジノツノ』、左が『不思議な標本2 魔法のマメ』(当時の価格は、税別1,280円だった)。全体がビニールでパックされていて、帯には、「いったいこれは、何なんだ!?」「世界は謎に満ちている」「謎は解けるまでがおもしろい」と大書してあった。この本は、植物の標本とともに、「そのものを見たり触ったりして、不思議な感覚そのものを楽しもう、そして、不思議の探求の旅に出よう」という趣旨のもとに作られた。僕たちの花の仕事では、いつも忘れたくない「センスオブワンダー(好奇心)」。とても気に入って2冊ずつ購入した覚えがある。1冊は大事に取っておいたのだが、例によって、家の中のどこにあるのか不明だ。

仲卸の店頭では、「羊のツノ」または、「ひつじヤシ」あるいは、ロールパームと呼んでいた。当時は、何度も手にとって眺めては、「これはいったい、なんなんだ!」と思い、「見てください、この不思議な形を!」とお客さんに声をかけてたくさん買ってもらった。クリスマスを前に、リースやアレンジメントの魅力的な視覚のアクセントとしておもしろく使われただろうと想像する。

※エクスプランテ社のHP ガジェットブックスシリーズの歴史
https://www.xpl.jp/project/project-gadgetboox/

図2 標本付き書籍「ガジェットブックシリーズ」左が「不思議なマメ(ナタマメ)」右が「ヒツジノツノ」 エクスプランテ社から2000年に発売された。(※画像が悪くてゴメンナサイ)

澁澤龍彦の「植物羊」のはなし

この標本付きの書籍には次のような解説があった。〈この怪しい素材は、昔から存在していて、南方熊楠は、「十二支考」という本の中で「韃靼の植物羔…これは支那で羔子(カオツェ)と俗称し、韃靼の植物羔としてむかし欧州で珍重された奇薬で、地中に羊児自然と生じおり、狼好んでこれを食らうに、傷つけば血を出す、などと言った。〉

澁澤龍彦「幻想博物誌」には、「スキタイの羊」という一項がある。

1314年ころ東方布教を志し、アジアを旅した宣教師オデリコの書いた「東方紀行」には未知なる東方の国々には不思議な民族や動植物があると報告。

そのなかに「一頭の仔羊大の獣が生まれるメロンについて」という一文がある。

〈カディリと呼ばれる大王国には、カスピ山脈(現在のコーカサス山脈)と呼ばれる山々があり、この地には、非常に巨大なメロンが生ずるそうだ。メロンは熟すると二つに割れて、そのなかに一頭の仔羊ほどの大きさの小動物が見られるという。だから、このメロンは果実と、果実のなかの肉とを持っていることになる。〉

この奇妙な「植物羊」の話は中世のヨーロッパで非常に広く知られていたらしい。オデリコの物語から多くを剽窃したジョン・マンデヴィルの『東方旅行記』(1360年頃)にも出てくるし、中世の百科事典として名高いヴァンサン・ド・ボーヴェの『自然の鏡』(1473年頃)にも同じ様な記述があるという(「スキタイの羊」は『自然の鏡』に出てくる)。

スキタイの羊=韃靼(だったん)の羊について、ヴァンサンは次のように記述している。〈(羊は)黄色っぽい綿毛に覆われており、臍の緒に似た長い茎で地面に繋がっている。仔羊にそっくりで、切れば血のような汁が出るという。さらに別の説では、この「スキタイの羊」の毛皮は、羊毛のように保温の役に立つので、季節には商人が摘み取りに行くともいう。〉

図3 マンデヴィル『東方旅行記』に出てくる「スキタイの羊」
さやの中から羊が出てくる

オデリコの「植物羊」では、「メロンのような果実のなる木」に重点が置かれたが、その後の記述では、「綿毛」のほうに関心が移っていく。

この説では、「スキタイの羊」はシダ植物の一種を意味する「バロメッツ」、あるいは「ポリポディウム・バロメッツ」だとする。〈バロメッツとは、中国の北部に自生する、実在の羊歯植物の一種を意味するのだ。〉たしかにシダの若葉には綿毛が密生しており、各地でこれを紡績して織物に用いることもよく知られていた。園芸植物にタカワラビ「金毛狗(キンモウコウ)」というのがあるが、あのような視覚イメージがあったのかもしれない。

バロメッツ=ワタノキの説

このように、綿毛に注目することで「スキタイの羊」はワタノキ(コットンツリー)のことだという説が出てきた。H・リーは、『韃靼の植物羊』(1887年)のなかで、この説を披露した。もともとは、「メロン」のように臍の緒に似た長い茎で繋がり、地を這っている姿がいつの間にか、立木のような姿に話が変わっている。木から羊が生まれる説にしろ、シダ説やワタノキ説にしろ、こうした議論について、南方熊楠のように単なる「ほら話」として捨てるのはつまらない、「……このような合理的な説明はどうも散文的すぎて、まことに味気ないような気がしないこともない(「スキヤポデス」の項)」と澁澤は次のように述べ、先人たちが創り出した好奇心にあふれる想像世界を楽しむことを肯定している。

「(※シルクロードを通じた東西交流の歴史で)どうやら異なった民族や文化が接触しながらも、その間のコミュニケーションが意のままにならなかった暗黒の時代には、世界のどの地方でも、好奇心にふくれあがった民衆の想像力が、このような畸形人間(※スキヤポデスのこと)の存在を思い描くらしいのである。それは後世の学者の、無理にひねくり出した合理的な説明などとは関係もない、人間の想像力の自由な展開だったと思われる。私たちは、これを神話的な想像力と呼んでよいかもしれない。」

図4 マンドラゴラ (『健康全書』から)
中世のキリスト教美術には「ワクワクの樹」「エッサイの樹」「生命の樹」「悪の樹」などといった植物と人間(植物と動物)とを接合した図像学的表現がしばしば見られる(『エロスの解剖』)

アルゼンチンの幻想小説家ボルヘスの著作『幻想動物学提要』にもバロメッツが取り上げられているという。その含意は、「植物界と動物界とが結びつくところに位置する生物」だ。このテーマに属する生物には「マンドラゴラ」(抜き取ろうとすると人間のような叫び声を発する)や、傷つけられた幹から血と言葉とを同時に出すダンテの「自殺者たちの森」といったものをボルヘスは挙げている。中世では、貴重な薬用植物の栽培場所に、むやみに人が近づかないように、わざとこのような恐ろしい物語を流布させていたのではないかという説もある。それにしても、植物を人間のような存在と見る見方は、キリスト教世界とは少し異質で、東方や日本の伝統的な生命観に共通する部分があるように思う。

図5、図6 「ヒツジノツノ」 オランダのメーカーから仕入れたもの。かつては、ひつじヤシ、ロールパームと呼んでいたが、現在は「シープホーン」、「シープヘッド」、「タルヘッド」、「タルホーン」などという名称で流通する。検索してみてください。

「パナマソウの花序」らしい

ちょうど「ガジェットブックス」に出会った頃、2002年の12月に東京都の夢の島熱帯植物館で開催された「干支にちなんだ植物たち展」でヒツジノツノの正体が「パナマソウの花序」であることを解説する展示があった。パナマソウは繊維が強く、「パナマ帽」の原材料なのだそうだ。花序はどんな姿をしていて、それをどのように切り込みを入れ乾燥させているのか、想像してみる。

映画『ハリー・ポッター』のなかで、魔法学校の授業の様子が出てくる。学校には、付属の大きな温室があって、植物に関する実習が行われていた。マンドレイク(マンドラゴラ)の植え替えのシーンで大騒ぎになるなど授業の様子もおもしろそうだった。マンドレイクは、根が人のかたちをしていて、いろいろな薬効がある。かつて、医術と魔術は境界があいまいだった。映画の中では、死んだ人をよみがえらせる重要な植物となっていた。ヒツジノツノは、フラワーデザインのひとつの資材として流通、消費されるモノではあるのだけれど、動物と植物の間に存在し、僕にとっては不思議な感じを呼び起こしてくれるとてもおもしろい材料だと思う。僕は今年、薬用機能性植物の生産プロジェクトに関わっていくつかの薬草を栽培し、収穫する現場にいた。根を切らないように注意して植物を土から掘り出しながら、「いろいろな形の根っこがあるなあ」と感心し、ヒツジノツノやマンドレイクを思い出していた。

参考
『東方旅行記(The Travels of Sir John Mandeville)』ジョン・マンデヴィル(John Mandeville)・著(1357年頃) (Wikipediaのサイトから)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AB

「バロメッツ」 スキタイの羊、羊の木(Wikipediaのサイトから)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AD%E3%83%A1%E3%83%83%E3%83%84

『エロスの解剖』 澁澤龍彦 河出書房新社 1991(初出1978桃源社)
『毒薬の手帖』 澁澤龍彦 河出書房新社 1984(初出1963桃源社)
『ハーブ&スパイス』 サラー・ガーランド 誠文堂新光社 1982

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著者プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

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