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第46回 「しめ飾り」ウォッチングに出よう

公開日:2019.12.27

『しめかざり 新年の願いを結ぶかたち』

[著者]森須磨子
[発行]工作舎
[入手の難易度]易

たくさんのふしぎ傑作選『しめかざり』

[著者]森須磨子(文と絵)
[発行]福音館書店
[入手の難易度]易

『しめ飾り 造形とその技法 藁を綯い、春を寿ぐ』

[著者]鈴木安一郎 安藤健浩
[発行]誠文堂新光社
[入手の難易度]易

「生物文化多様性」という言葉

「生物文化多様性」というワードを知った。「生物」の多様性でもなく、「文化」の多様性でもなく、「生物文化」だ。「愛・地球博」(2005年)の名古屋で、2010年に第10回生物多様性条約締約国会合(COP10)が開かれた。このとき、生物多様性を保全するためには、人間活動の影響を受けて形成、維持されている2次的自然環境を保全することが重要だという提言が出され、日本が音頭を取って、「里山イニシアティブ Satoyama Initiative」として世界に発信された。自然と暮らしのつながり、こうした「つながりの多様性」を守り育てることが生物の多様性を守る活動に直結している。しかも、人と生き物が共生できる知恵が現代まで伝えられている事例が日本にはいくつもある(本連載、第35回で触れた「里草地」も参照 https://karuchibe.jp/read/6545/)。

※参考
「生物文化多様性」国連大学のサイトから
http://ouik.unu.edu/bio

「里山イニシアティブ」 環境省のサイトから
https://www.env.go.jp/nature/satoyama/initiative.html

この「生物文化多様性」という言葉を教えてもらったのは、12月11日、東京都港区のエコプラザ(浜松町駅からすぐ)で行われた伝統文化に関する講演会でのこと。この日のテーマは「「伝統芸能と自然の関わり~絶滅危惧種『イヌワシ』を例に~」。講師は伝統芸能に詳しいライターの田村民子さんと多摩動物公園での飼育員をされている農学博士、中島亜美さんのお二人で、語りも生き生きとしていて非常に面白かった。

田村さんの話。
能の演目のひとつに「鞍馬天狗」がある。そこで演じられる天狗を表す道具として欠かせない「羽団扇(はうちわ)」が壊れても修理不能という危機に陥っているというのだ。この羽団扇は、クマタカやイヌワシのような大型のワシ・タカ類の尾羽根12枚(増減あり)で作られており、現在、これらの鳥が絶滅危惧種となっているために、新しいものもつくれないし、補修のための材料も手に入らない、という状況なのだそうだ。調べてみると、クマタカやイヌワシの尾羽根はちょうど12枚で、おそらく1つの個体から1セットで採られ、製作されていたのではないかという。天狗が団扇を投げるシーンでは、空気をはらんでスーッと飛び、神がかった感じを見るものに与える。ワシ・タカの尾羽根は、飛行中の舵取りやブレーキをかけるのに適した左右対称の形をしている。1つの個体から得られた尾羽根は、羽団扇にバランスよく取り付けられる。先人たちは、自然を注意深く観察し、こうした素材を選りすぐって利用してきたのだった。ところが、現在、イヌワシは絶滅の危機。象牙や犀の角と同様、たとえ飼育下のものでも羽根一枚、移動することすら許されていない。このように、羽団扇の今後はまだ解決策が見い出されていないが、ひとつ、解決できた事例がある。「鷺冠(さぎかんむり)」と井の頭自然文化園の事例だ。鷺のミニチュアが載ったこの道具に使われるのはコサギの繁殖期に現れる飾り羽根だ。井の頭自然文化園では、飼育しているコサギの飾り羽根が抜け替わりで落ちたときに飼育員が見つけ保管しておいたものを利用できた。

日本の伝統芸能、伝統文化を未来へ伝えるにはどうすればいいのか。能の道具だけでなく、いけばなの伝統的な作品も、素材が手に入らないために再現できなくなっているものもある。他の分野でも同じような問題が出てきている。代替品を考えることと同じように、自然環境や伝統的な仕事、営みの維持継承も待ったなしの問題になっている。

※参考
能の道具 「羽団扇」とクマタカ・イヌワシ 日本自然保護協会のサイトから
https://www.nacsj.or.jp/2018/01/8189/

能の道具 「鷺冠」とコサギの飾り羽根 日本自然保護協会のサイトから
https://www.nacsj.or.jp/2018/07/11771/

稲作文化としめ飾り

江戸後期に喜田川守貞(季荘)が著した近世風俗書『守貞謾稿』には、当時の三都(江戸・京都・大阪)のさまざまな生業、風俗、遊戯、年中行事、食物、衣装など広範囲の事物が図とともに記されている百科事典のような本。ここに、正月飾りのしめ縄、しめ飾り、門松などの図がある(図1~3)。明治初期の日本人の生活文化を、驚きを持って観察し記録したお雇い外国人、エドワード・S・モースは、正月飾りを興味深く観察し、美しいと書き記した。特に、しめ飾りは「奇妙な藁細工」として深い関心をいだき、収集し母国へ持ち帰った。現在の日本には100年以上前のしめ飾りは存在せず、アメリカの博物館で保存されているということになる。飾りの標本は図に書き起こし、写真撮影された。

図1 しめ縄(前垂れ)と輪飾り、牛蒡じめ、大根じめの図。江戸と関西の違いも示す。 しめ縄は、京阪では「しめ」と呼び、江戸では、「しめ」または「かざり」と呼ぶ。京阪では大根じめも牛蒡じめもどちらも「牛蒡じめ」と呼ぶ。京阪の輪飾りの輪は下向きに結んである。江戸輪飾りは上曲げ(図4も参照)。
図2 玉飾りしめ縄の飾り方。 玉飾りの図は江戸のもので、奉書紙を蝶のように折って飾りとし、稲穂のついた藁を長く下げている。この時代の最近の流行だという。左ページは京阪の門松、とくに武家の飾り方。前垂れしめ縄に松のみのパターンが多い。根本に砂を盛る。しめ縄の飾りは三都ともに以下のものを用いる。裏白、ゆずり葉、海老、橙、蜜柑、柑子、串柿、昆布、榧(かや)、かち栗、池田炭、ところ、ホンダワラ。榧とかち栗は紙に包む。 ※「池田炭」=菊炭http://lib-ikedacity.jp/kyodo/kyodo_bunken/ikedazumi/index.html
図3 江戸の門松などの飾り方。 門松は武家だけでなく呉服大店などでも、このように大きなものが見られる。長い竹とマツを合わせており、根元は薪で囲む。医家などでは先を斜めにそいだ竹と松という型が多い。小家では京阪同様、マツを門に釘打つのみ。

しめ飾りウォッチングを楽しもう

モースは、美しいお正月の日本を楽しみ、1879(明治12)年の日記に次のように書いている。

〈年のはじめに街の中を、さまざまな飾りを見学して歩いているとあきることがない。家ごとにあらわれた趣味、松や竹などの象徴的素材を使用することによって伝えられる日本人の感情は、興味深い研究題材になるのである。〉

モースは、ほとんどの店が閉まっているのと対照的に、街が人々のさまざまな動作と色彩にあふれ、活気に満ちている様子にわくわくする。立派な着物を着たお年寄り、美しい振り袖姿の若い女性や色のきれいな羽根を打ち合う「羽根つき」のようす。

〈そして、ほとんどすべての家が、あの奇妙な藁細工で飾られていたのである。〉

1878年の日記では、以下のような記録が見られる。〈新年用の飾り物は、さまざまにねじりあげ、編みあげた稲の藁でできている。それを家の入口と家のなかの祠とにかけるのを習わしとしている。美しい意匠が多く、なかには相当凝ったつくりのものもある。〉(『モースの見た日本』)

東京の周辺(江戸川区や葛飾区など)には、農閑期の副業として、酉の市の熊手やしめ飾りなどの「際物」をつくる農家がたくさんいて、街で販売する問屋もあった(『農閑の副業』)。また、地域によってある程度の型が見られるため、そうした違いを見るのも面白い。来る新年、お正月休みには守貞やモースにならって、僕らも「しめ飾りウォッチング」を楽しんでみようか。

骨組みを観察し、分類する。

図4は、森須磨子による「しめかざり」(工作社)から作図したもの。著者が20年以上をかけて全国を回り、300点を超える作品から厳選して制作した本だ。美しい写真がたくさん載っている。しめ飾りがこんなに美しく荘厳で、恐ろしいような迫力があるものだとは知らなかった。

図4 しめ飾りの造形分類図 森須磨子・著『しめかざり』P13の図をもとにマツヤマ作成

森は、まず、大事なことを最初に述べる。それは、しめ飾りの表面に取り付けられた「装飾」を取り外してみること。ウラジロやゆずり葉、紙垂(シデ)、水引、エビや橙などに隠れた藁製のしめ縄がどのようになっているか、その構造や骨格にあたる「造形的な展開」をよく見るべきだという。これまでの研究をまとめる形で著者が提示したものが図4のようになっている。しめ縄を原型とし、まず、それを丸めるのか、サゲをつけるのか、太くするのか。次にそれらをどのように展開させているか、こういうふうに分析しながら観察すると代表的な5つの飾りとそれ以外が見えてくる。5型とは、すなわち「前垂れ」「輪飾り」「牛蒡じめ」「大根じめ」「玉飾り」。

しめ飾りは、門松とともに、かつては各地域の鳶職が扱うものとして花屋が扱うものと棲み分けしていた。花屋では、シンプルな輪飾りや牛蒡じめ、大根じめなどを扱い、鳶の特設ブースでは豪華な玉飾りがメインに並んでいた。これが、この30年で大きく変わって、スーパーやホームセンターの店頭で化粧袋入りのものが安く大量に売られるようになった。このような状況の功罪を考えるべき時が来ている。

「しめかざり」には、縄が通常とは逆の「左綯い」であることや、牛蒡じめなどの飾る向き、紙垂の意味などについての基本が詳しく説明されている。最近では、しめ飾りを自分でつくりたいという人も増えている。クリスマスソングが聞かれるなかで、しめ飾りをつくるイベントが各地で行われている。『しめかざり』で森が言うように、どんなデザインのものであれ、自分だけのオリジナルのお飾りをつくるということでいいのだ。その一方で、余計な装飾のない日本の伝統的な形のものを作りたい人には、『しめ飾り 造形とその技法』(誠文堂新光社)を勧める。今年の11月に出版されたばかりの本だ。著者らは、制作のための質のいい稲藁を確保するために自分たちで田植えをし、収穫して使っている。稲作の歴史はおいしさの追求と同時に、風で倒れないように背を低くしたり、より短期間で収穫できるようにしたり、といった品種改良の歴史であり、しめ縄をつくりやすい長い丈の藁が手に入れにくくなっている。さらに、近年はコンバインによる機械刈りが主流で、収穫と同時に藁が短く破砕される。最初にあげた「生物文化の多様性」という視点から考えると、飾りの作り手たちは、材料としての米(古代米など)を育て、夏に「青刈り」し乾燥して使う、というような活動に向かっている。現在は、「空前の手作りブーム」と言っていい状況があって、なかでも「しめ飾りづくり」はまだまだ需要が増えていきそうなので、これをきっかけに、日本の食文化と農耕と園芸について考える人が増え、面白くなっていく勢いを感じる。よし!それでは、みなさん、よいお年を!!!

参考
『モースの見た日本 モース・コレクション/民具編』 小学館 1988
『日本その日その日』エドワード・シルヴェスター・モース 講談社 2013
『つくって楽しむ わら工芸2 しめ飾りと生活用具』 瀧本広子・大浦佳代・著 農文協 2018
『近世風俗志(守貞謾稿)』(四) 喜多川守貞・著 宇佐美英機・校訂 岩波書店 2001
『宮本常一 日本の年中行事』 宮本常一・著 八坂書房 2012(P22に懸鯛)
『農閑の副業 上』東京東郊農村の生産伝承Ⅰ 東京都葛飾区教育委員会 1991
『農閑の副業 下』東京東郊農村の生産伝承Ⅱ 東京都葛飾区郷土と天文の博物館 1992
『際物の市』 都市の儀礼文化と近郊農村Ⅱ 東京都葛飾区郷土と天文の博物館 1996

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著者プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

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