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猟師と考える、山と鳥獣害③

公開日:2020.1.27

イノシシに田んぼを荒らされてしまう。そんな被害が後を絶ちません。本来臆病なはずのイノシシが、里へやってきて田畑を荒らすのはなぜか。それを防ぐには、何が必要なのか。南伊豆町での実例を踏まえて、株式会社森守代表取締役の黒田利貴男さんに、昨今のイノシシの状況と稲作、その農業被害対策について教えていただきました。

動物もさるもの

人間が法律や制度を整備して、鳥獣害を減らそうと躍起になっている一方で、野生動物たちの状況も変わってきました。一年中あちこちに埋められたくくりわなを避け、イヌに追いかけられているうちに、いろいろ学習した模様。敵もさるものです。

まず変わったのは、彼らの生息地です。本来は森の中の暗い藪の中で静かに休むのですが、森の中には今、ほとんど藪はありません。彼らはどうしているのでしょう?

耕作地のまわりに、休耕田の藪が広がる。

森を出た動物たちは、人里近くの耕作放棄地、それも人の手が何年も入っていないような、所有者が管理放棄した空き家や農地に場所を見つけ、そこを棲み家としています。

野生動物は、本来臆病な生き物です。森の中に身を潜める場所がなければ、人里でも人の気配のない場所を選んで棲み家にします。その隣に作物を栽培している農地があれば、当然作物を食べに行きます。また、そうした耕作放棄地とはまた別の耕作放棄地の間に、耕作中の畑があれば、そこはことごとく餌場と化してしまうのです。

15年くらい前まで、こうした事態は考えられなかったことですが、今では当たり前に起こり始めています。地方には空き家も多く存在しています。特に山の中の空き家は、野生動物の棲み家にうってつけの場所です。庭は藪となり、縁の下に潜り込める。そして人を気にしなくていい。彼らにとって別天地に違いありません。

変わるけもの道

動物たちが山から山へ移動する方法も変わりました。彼らはかつて山の谷間を通る人の生活道路を横切り、けもの道を作って移動していました。ところが今、そのけもの道には、いたるところにわなが仕掛けられています。そのため命がけで自動車が走る道路を横切るのをやめて、河川敷や水の流れている川の中を山から山へ移動するようになりました。くくりわながいたるところに設置されるようになったことで、動物たちは「川の中は安全地帯だ」と、学習したのです。

稲刈り後の田んぼの中にけもの道ができる。

野生動物たちの臭いの発生源は「足の裏」です。それを追跡する猟犬は、その鋭い嗅覚で地面を探り、その臭いを嗅ぎ分けます。イノシシやシカ、イヌもそうですが、4本脚の動物は、人間のように全身いたるところから汗をかくわけではなく、汗腺は鼻の頭と足の裏にしかありません。そのため犬が嗅ぎ分けるのは、動物たちの足の裏の臭いなのです。追跡していた動物が川に入って、その臭いが途絶えてしまえば、さすがのイヌもそれ以上は追えません。動物たちは、そこまで学習しているのです。

川の中にわなを仕掛けることはできません。イヌを使う猟でも、けものの臭いが水でかき流され、動物を追えなくなってしまいます。また道路を横断する時は、アスファルトやコンクリートに足跡がつかないので、そこを通る車に臭いも消されてしまいます。こうして狩猟者に発見されにくくなってしまうのです。

二番目の米が餌に…

また農村で栽培されている作物も変化しています。例えば米。

水稲の品種改良が進んで「コシヒカリ」等の品種が出回り始めた頃から、農家の田仕事のスケジュールが前倒しになりました。

田仕事は苗作りから始まります。まだ寒いうちから温室で苗を育て、早春に水を張り、田植えが始まります。そして夏の彼岸すぎには稲刈りが行われます。収穫期が早まると、まだ暖かいので、刈られたイナシボ(稲の根株)から、青々とひこばえが伸びてきて、それにまた実がついてしまう。「二番目の米」ができるのです。昔は6月に田植えをして、11月初旬に稲刈り。ハザがけ、脱穀等の作業を経て、新米が我々の口に入るのは、11月末頃でした。ところが今では、9月に稲刈りができてしまう。

稲刈り後のひこばえ。

私が子どもの頃は、稲刈りの時期になると、ジャンバーを着て、脱穀したワラくずを燃やしたものです。落穂を拾って火にかけると、稲の粒が弾け、中から白い実が出てきてそれを食べるのが楽しみでした。ところが今は、稲刈りが2ヵ月早い分、Tシャツ姿で汗を拭きながら作業している。それくらい人のペースが早まったわけですから、イノシシやシカが二番米や稲を食べにやって来てもおかしくないのです。

ですが、その稲を食べる行為がさらに被害を拡大させています。人の食べる分、つまり一回目の稲を栽培している時は、電気柵などで田んぼを囲っているので、動物の侵入を防ぐことができます。しかし、収穫後はその電気柵を外してしまうのが通例となっています。そのため田んぼは動物たちの格好の餌場になっているのです。それを防ぐには、後から伸びてきたひこばえを草刈機などで切ったり、トラクターで土の中に鋤き込んだりしないと、そこは餌場だと学習した動物たちが、翌年柵の隙間から侵入するようになります。

ある米農家の被害

昨年も南伊豆町では、40aの耕地整理された田んぼが、毎晩イノシシに荒らされて、全滅する被害がありました。ワイヤーメッシュ(直径5㎜ほどの鉄筋の金網)の下に穴を掘り、そこから侵入したのです。侵入経路は田んぼの用水路でした。これを塞ぐわけにはいかないので、田んぼの畦にぐるりとワイヤーメッシュを張り巡らせていたのですが、イノシシは、その下にできた隙間を探したのです。

野生動物、特に4本脚の動物は、鼻と目、耳が人間の手の代わりをします。そして聴覚と嗅覚は、人よりずっとすぐれています。ワイヤーメッシュの間をひとつひとつ鼻で探り、地面との隙間を探し出し、そこから侵入したのです。

イノシシ被害で全滅した40aの田んぼ。

動物たちの侵入経路

耕作者の山田くんは、その田んぼの周囲を見回りました。特定の場所から侵入していることはわかっているのですが、一度侵入を許してしまうと、人がいくらそこを塞いでも、また同じ場所から入ってきます。

そこは、元の地主が高齢化して耕作を諦め、近くに住んでいる山田くんが農地を借り耕作をしている場所です。山田くんは40代。元々南伊豆の農家に婿養子として来たのですが、彼の舅にあたる人が狩猟をやっていて、我々のグループに所属していたり、毎年農閑期になると、私のところにアルバイトに来てくれるので、お互いよく知った間柄なのです。

私の住む地域では、血のつながりはなくても、年上の人を「兄い」や「姉さん」と呼ぶならわしがあるので、私も彼に「兄い」と呼ばれています。だから山田くんは、私にとって弟分のような存在です。

そんな山田くんから「兄い、また田んぼをやられたよ。どうにもならない」と相談を受けたので、現場を見に行きました。彼は言いました。

「いくら塞いでも同じところから必ず入って来る。何をやってももう無理。イノシシはどこから来るのかわからない。隣の藪にいるのかも……」

この田んぼは縦長で、周囲は川と農道に挟まれていて、隣は耕作放棄地。もう何年も草刈りをしていません。草深い藪と山の谷間から流れてくる小さな沢があります。

田んぼは4枚で、1枚10aずつ区画整理されています。2枚に1本ずつ排水用の用水路があり、そこを通る水は川に流れます。トラクタやコンバインが入りやすいように、農道がすべての田んぼに接していて、水はけをよくするために農道用と揚水用の側溝が設置されています。

護岸の間知ブロックを行ったり来たりしている足跡が残る。
拡大(筋になった跡はイノシシの爪の跡)。

このように基盤整備の行われた田んぼは、大型の農業機械が入りやすい反面、イノシシはどこからでも侵入できます。川の中を移動して排水用の用水路から入ることも可能ですし、側溝の基礎のコンクリートに柵の杭が当たり、杭が頑丈にきいていないので、道路からも可能です。

山からの小さな沢に沿って降りてきては、畦の上の柵の下から入ることも可能です。隣の藪に潜み、夜になってから穴掘りすることもできます。

森から餌場への移動は川の中。

耕作をやめたくてもやめられない

私が見に行った時、山田くんはもうお手上げ状態でした。毎晩のように夜中に見回りに行ったのに、

「だめだ……」
そんな声が漏れてきました。

「ここに来ると夢中でイネを食っている。灯りを向けるとクモの子を散らしたように、ものすごい勢いで走って逃げる。そのうち音がしなくなって、いつの間にか田んぼの中にいなくなる。だけど朝には被害が広がっている。毎晩イタチごっこなんだ」

全滅した田んぼを眺めながら「もうどうにもならない」とがっくり諦めた様子。人と動物の知恵比べに完敗したことが伝わってきました。

波板トタンを押し除け侵入している。

その状況はすさまじいもので、稲の葉はあってもついているはずの稲穂がありません。人と違い、動物の欲望は、繁殖と食べることだけ。そこに食べ物があり、破れる柵や侵入路があるのなら入り込んで食べる。その欲に人の知恵や技が太刀打ちできないのです。それが毎日繰り返されるから被害が拡大してしまう。その結果、この40aの田んぼは全滅して、最終的にその被害には農業共済保険が適用されました。

とはいえその金額は、前年度の収穫量と売り上げから算出されるので、保険から降りる金額は低く、稲作や獣害対策にかかった経費を差し引くと、かなりの赤字になってしまいました。そこはまた構造改善事業によって補助金を投じて区画整理された農地ですから、勝手に耕作放棄することはできません。こうした状態が続くと、栽培を断念して遊休農地として耕作を「休む」ことを選択する人もいます。しかし、それでも年3回は草刈りなどの作業をしなければならず、どうしても手がかかります。

イノシシによって全滅させられた田んぼを、いかに守っていくか。

それにはまず、侵入箇所を補強すること。また、一度味を占めたイノシシは、米がなくても同じ場所にくるので、水稲のない季節も柵の中に入られないように見回りを続けること。そしてもし入られた箇所があれば、侵入できないように補強すること。こうした日々の取り組みを根気強く続けることが大事。イノシシとの根比べなのです。

稲刈り後の株からでたひこばえ。稲穂がついている。

肝心なのは稲刈り、脱穀後のひこばえの管理や、栽培期間中だけでなく、その後もずっと柵を巡らし、その水田に入られないようにすることです。見回りはもちろんですが、周辺の農地もしっかり観察しないといけません。

こうした被害の背景に、生息地の環境の変化があります。ひと口に「環境変化」といっても、農家や一般住民の方には、よくわからないかもしれません。わかっていても、それが当たり前になっているのかもしれない。生息地の環境とは、具体的に自然災害による風倒木、ナラ枯れなど、昆虫の食害等による樹木の立ち枯れが原因の森林破壊等があります。

人の手が入らなくなったことで、木々は大木となり、林冠が形成され、森の中に陽の光が射さなくなりました。人が耕作を放棄した農地は藪から森林と化して、里まで迫っている。そんな変化のひとつひとつが、動物たちの生息地に変化をもたらし、餌場の減少につながっているのです。

今、全国的に森が里に迫っています。もう一度、地域の環境変化に目を向けてみましょう。

プロフィール

くろだ・ときお
1965年静岡県生まれ。小学4年生の時から、猟師の父の後について山を歩く。
21歳で狩猟免許、猟銃所持許可を取得して以来、狩猟期間は猟を続ける。南伊豆の山を知りつくす猟師であると同時に、稲作や林業、しいたけ栽培の経験も持つ。野生獣の管理や活用に留まらず、それを囲む森と里、海のつながりまでを視野に入れ、活動を続ける。2015 年7月株式会社森守を設立。現在は病気療養を続けながら、森林資源の活用、耕作放棄地の再生、狩猟者や加工処理の人材育成、自然を活用したエコツーリズム等、幅広く活動中。農林水産省が任命する農作物被害対策アドバイザー、南伊豆町町会議員。

 

文・写真/(株)森守 代表取締役社長 黒田利貴男
構成/三好かやの

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