農耕と園藝 online カルチべ

生産から流通まで、
農家によりそうWEBサイト

園藝探偵の本棚

第49回 園芸は人の暮らしの「落とし物」~「わびさび」の世界観(後編)

公開日:2020.1.17

『SPECTATOR』第43号

[発行]エディトリアル・デパートメント

『Wabi-Sabi  Further Thought』

[著者]レナード・コーレン
[発行]Imperfect Publishing

『Wabi-Sabi わびさびを読み解く』

[著者]レナード・コーレン
[発行]ピー・エヌ・エヌ新社

 

宇多田ヒカルと「落とし物」の世界

年末年始、テレビをだらだら見て過ごしていた。1月3日だったか、TBS系「マツコの知らない世界」という番組に、シンガー・ソングライターの宇多田ヒカルが出ていた。宇多田がたくさんの写真を見せながら熱弁したのは、「落とし物の世界」という意外なものだった。

クリエーター、アーティストというのは、ものづくりのためにそれぞれの創作方法があって、創造に必要なインスピレーションを得たり、考えたりしている。宇多田の場合は、「よく歩く」と話していた。歩きながら、信号待ちでふと足元を見ると、何かが落ちている。「こんなものが、なぜここに?」というようなものを見つけ、その場で写真を撮るようになったという。番組では「かわいそうな感じがする」「置いていかれたものに共感する」というような話をしていた。落とし物に心惹かれるのは、「本来あるべき場所ではない場所に置いて行かれてしまったモノに共感するから」だというのだ。

宇多田が番組で示したような落とし物は、誰でも気をつけていれば見つけることができる。僕らはただ、気づかないだけだ。なるほど、そうか、これは僕らの園芸世界にも共通するところがある。身の回りにいくらでも緑があり、花が咲いていても、見ようとしなければ見えないし、気づこうとしなければ通り過ぎるだけだ。園芸は、人の暮らしの落とし物なのかもしれない。だから園芸家や花屋がつねに周りの人々に声をかけていく必要があるのだ。「落とし物ですよ!」と。「落とし物の世界」「路上観察・研究」は、わび・さびに通じている。同じマツコの番組で過去にも紹介された石井公二の「片手袋」というのも奥深い味わいがある。誰もが一度は見たことのあるだろう「片っぽだけ落ちている手袋」に絞り込んで、「撮影→研究→妄想→発信」している。石井が「5000を超える出会い」というように、数多くの事例を集めることでパターンが見えてくる。落とし物の背景にある人間の生活や文化、都市のあり方までもが解ってくるのだという。

参考
『片手袋研究入門』石井公二 実業之日本社 2019
片手袋大全HP http://katatebukuro.com/index.html

わび・さびを説明できない理由

『Wabi-Sabi 』の著者、レナード・コーレンは、日本とアメリカを行き来して10年ほど暮らした経験があるという。この本を出すきっかけは「落ち葉」だった。日本で暮らしながら、きれいだな、と本能的に惹かれるもの、無意識、心の奥にあるものを顕在化し、浮上させられないかなと考えて、気になるものにカメラを向けていた。そのなかで、自分の意識が向かったものが、路上の落ち葉だったという。アスファルトの上に積み重なった落ち葉を2週間、3週間と経過を眺める。すると、落ち葉が日々、微妙に変化していくことに気づかされた。「ひょっとしたら、この中に美的なテーマが隠れているのではないか。そんな直感があった。」(『スペクテイター』第43号)

図1 寒さとともに平伏し、黒いビニルマルチの上に貼り付いたゴボウの葉(マツヤマ撮影)

コーレンは、落ち葉の写真を撮りためながら、美しいと思った感覚や、その背後にあるコンセプトは何だろうか、と考えたという。そうして、行き着いたのが、「わび・さび」だった。この日本で培われた美意識を、欧米のアーティスト、詩人、哲学者といった人に向けて、新しい創作のための「思考ツール」として提示できないか、そう考えて本を作った。

本の冒頭でコーレンは、日本人がなぜ「わび・さび」を容易に言葉で説明できないのか、ということについて「曖昧化の歴史」という題で書いている。それによると、最大の理由は、「たいていの日本人が一度も知的な言葉でわびさびについて学んだことがないからである」「教える先生も書物もない」からだというのだ。これは、偶然ではなく、歴史を通じて、「わび・さび」を頭で理解することは、「意図的に阻害されてきた」と断じている。その具体例として、「禅」「家元制度」「美的曖昧主義」の3つを挙げて説明している。宗教的に、あるいは、家元制度のもとで、奥義や秘伝のように扱われてきた歴史。また、わび・さびの本質には不完全さ、未完全さがあるがゆえに、そのコンセプトを明快に説明しようとすると、結果的に対象の価値を減じてしまうと感じられるからだ。いずれにしても、アメリカ社会の「すべてをコントロールする」という考えに慣れてしまった人々に向けて、わび・さびの魅力を伝え、創作の道具として使えるようにするために、著者は分析をする。その際、仮に定義づけをした上で、あえて、「何がわび・さびであり、何がわび・さびでないか」という審判をするのではなく、似た言葉を探したり、よく取り上げられるモチーフを集めたり、比較対象として西欧の「モダニズム」を取り上げて考察してみたり、といった方法を取っている(表1、2)。

表1
表2

わび・さびの宇宙(精神と特性)

コーレンは、〈わびさびは、ひとつの「総合的な」美の体系〉であり、〈原理、精神性、心情、道徳性、物質性に向けた総合的なアプローチを展開する〉と考える。彼がまとめた、わび・さびの精神とモチーフ(特性)は次のようになっている。ひとつひとつの言葉をヒントに新しい創造につなげられるだろうか。

【わび・さびの形而上的原理】Metaphysical Basis
・万物は、無に帰し、無から生じる
Things are either devolving toward, or evolving from, nothingness.

【精神的価値】Spiritual Values
・万物は、無常である impermanent
・万物は、不完全である imperfect
・万物は、未完成である incomplete
・真理は、自然を見つめることからもたらされる observation of nature
・「偉大なるもの」は、目につきにくいものや見落としやすい細部に存在する
“Greatness” exists in the inconspicuous and overlooked details.
・美しさは、醜さから引き出すことができる
Beauty can coaxed out of ugliness.

【心情】State of Mind
・不可避の受容 Acceptance of the inevitable
・宇宙的秩序との感応 Appreciation of the cosmic order

【道徳的戒律】Moral Precepts
・不要なものはすべて除外する Get rid of all that is unnecessary
・内在するものに意識を向け、物理的ヒエラルキー(上下関係)に囚われない
Focus on the intrinsic and ignore material hierarchy

【わび・さびのモチーフ(物質的特性)】Material Qualities
・自然ななりゆきを示唆 The suggestion of natural process
・不定形 Irregular
・親密 Intimate
・飾り気のなさ Unpretentious
・現実的で素朴 Earthy
・曖昧 Murky
・シンプル Simple

「いい顔」したサボテン

月刊『フローリスト』で植物エッセイ「叢のものさし」を連載されている小田康平という人がいる。植物屋「叢(Qusamuraくさむら)」は小田が経営するショップの名前だ。彼の植物選びの基準は「いい顔」をしているかどうか、だという。植物の「いい顔」とはどんな顔なのだろうか。

もうずいぶん前のことになるが、僕は、広島を拠点とする「叢」が東京で個展(展示即売)を開いたときに恵比寿のギャラリーで初めてその「いい顔」をしたサボテン、多肉植物に出会った。2つとして同じものがない個性的な鉢植えが台の上にぎっしりと集められ並んだ世界観に、ただ圧倒された覚えがある。温室の隅に忘れられた鉢植え、親木、接ぎ木、傷と再生・・・。いい加減、見慣れた業界のなかにあって、初めて知るような美しさに打たれた。植物に対して、他の人が成し得なかった「見極め」を敢然と行い、全く新しい基準を生み出していた。

参考
「叢のものさし」
https://43mono.com/series/qusamura/qusamura_mokuji/

僕が書いた小田康平さんへのインタビュー記事 2019年
https://shokubutsuseikatsu.jp/article/news/p/8455/

Onestoryのサイト 2017年
https://www.onestory-media.jp/post/?id=795

小田康平関連
『見たことないサボテン・多肉植物』小田康平・著 二見書房 2013
『叢 小田康平の多肉植物』小田康平・著 現代企画室 2016
『sa・bo・ten』石内都・著 大和プレス 2013
『ボーイミーツガールの極端なモノ』山崎ナオコーラ・著 イースト・プレス 2015

検索キーワード

#宇多田ヒカル#落とし物#マツコ#片手袋#叢#小田康平#サボテン#鉢#石内都

 

著者プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

 

この記事をシェア