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第52回「削られた原稿」に何が書かれていたのか~植物「ブリーダー」の仕事~

公開日:2020.2.10

『日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語』

[著者]竹下大学
[発行]中央公論新社
[入手の難易度]易

NHKの番組「やさいの時間」テキストの新年2・3月号におもしろい記事を見つけた。「タネと苗のはなし」という短期集中連載の3回目でタネの生産についての記事だ。実は現在、日本で売られているタネの多くがタネ袋に「外国産」と表示されている。その理由は、人件費などのコストの問題ではない。いま日本では、タネとりがとても難しくなってしまっているからだというのだ。

問題は2つある。いちばんの問題は「梅雨」など雨が多いこと。結実期に雨に濡れるとタネにはカビが生え、さやの中で発芽することもある。2つ目の問題は、求める品種と同じ種類の雑草や別の品種の花粉が栽培品に混ざらないように隔離するのがとてもたいへんになっている、ということだ。大量のタネをとるには広い土地が必要なのだが、栽培品を他と隔離しながら大きな面積で栽培するのはとても難しい。

僕が驚いたのは次のようなことが書かれていたからだ。〈カブのタネをとる場合、花が咲く前に一帯を見回り、同じアブラナ科の植物はすべて抜かなければなりません。「民家があれば一軒一軒訪ね、ハクサイもコマツナも抜いてと頼むことになります。かつては採種の事情を知る人も多く協力を得られましたが、今は理解が得られない場合もあります。こうした理由からも、外国で採種をしているんです」。(トーホク・松浦誠司さん)〉

一方で、海外には条件に見合った最適な採種地があるのだという。それでも、それほど大量にタネをとる必要がないものは、いまでも国内で採種している。エダマメなどは国内採種のものが圧倒的に多いという。最近、話題になることの多い地方野菜、「在来種」なども国産だ。いずれも温暖で雨の少ない瀬戸内海式気候(瀬戸内式気候とも)の一帯の山間部や離島に圃場を設けている。アグリビジネスの最先端をゆく種苗が、都市から遠く隔たれた離島や山間部で栽培され、色彩豊かなその土地の風景を創り出している。タネはそれぞれの生まれ育った故郷の物語を夢に見ながらあちこちに運ばれていくのだろう。それにしても、園芸の現場で語られていないことはまだまだたくさんありそうだ。

ブリーダーの視線の先を追跡する

『日本の品種はすごい』の著者は、国際的なマーケットを相手にする花のブリーダーとして第一線で活躍した「スター選手」だ。2004年、アメリカを含む北米の園芸産業の発展に貢献した品種を育成したブリーダーを表彰するThe All-America Selections Breeders’ Cup(AAS)の初代受賞者である。育成したペチュニア「Wave」は、ふんわりと這うように広がるF1品種で、北米・アメリカや日本で一時代を拓いた。日本の花の種苗会社は、その多くがペチュニアで成功し経営を軌道に載せて大きくなる、という話があるのだが、著者の所属した種苗会社でも「Wave」シリーズは看板品種になった。こんなふうに、花の現場の最前線で活躍した著者だからこそ、この本は格別に面白くなっている。僕らは、育種家が何を目標とし、どこに着眼しながら問題を解決し、ゴールを目指すためにどのような努力を見えないところでやっているのか、その視線の先をたどることができるのだ。

「削られた原稿」の謎を解く

花の専門家として活躍した著者が植物の「品種」と「育種(品種改良)」をわかりやすく説明するための題材に選んだのは意外なことに、「野菜」と「くだもの」だった。これは、いったいどういうことなのだろう?「園藝探偵」とは「読む園芸」なのだが、書かれたものの陰に潜む「書かれていないこと」「書かれなかったこと」を考えるのもおもしろいと僕は思っている。これはどういうことだろうと想像するだけでもおもしろいのだが、たとえば、よく本の最後のページに載っている「出典リスト」を読んで、そこに挙げられている本を選んで読むことも「書かれなかった」部分を読むことで読み方を深められる。話によると、著者はこの新書を上梓する際に多くの原稿を削ったようなのだ。その、削られた原稿には何が書かれていたのか? なぜそれらを削り、7つの「野菜とくだもの」を選んだのか? この謎を解くためには、本を詳細に読んでいく必要があるだろう。「はじめに」→「おわりに」→「目次」→「序章」……。

ブリーダーは最初に目標を設定して動き出す。おそらく著者は、この本を◯◯万部売る!と決めたのだ。そのためにいろんな要素を勘案し、野菜とくだものを取り上げた。しかも、「新書」という枠の中で育種家の仕事を一望できるような工夫をしている。「雄しべと雌しべ」やミクロの「細胞」レベルから「想像のドローン」を飛ばして上空にカメラを移動させ、時間軸をも自在に繰って、植物の品種改良の世界を総覧して見せてくれている。おそらく編集者とやり取りするなかで、与えられたページをフルに使って育種のポイントを書き表そうとした。それが、7つの品目として残ったのではなかったか。順番も重要だ。おそらく著者は1章のジャガイモから入り7章にワサビが出てくる、という道順でさまざまなことを学べるように仕組んでいる。その仕掛けを楽しむのもこの本の味わい方だと僕は思う。本が売れることは、何を意味するのか?それは、「続編」への可能性が拓かれるということではないか。そこには、この本に「書かれなかったこと」が載っているはずだ。

1から7章を探索する

育種のレジェンド、マイスターが取り上げた7つの野菜とくだものは、次のように並んでいる。1章「ジャガイモ」、2章「ナシ」、3章「リンゴ」、4章「ダイズ」、5章「カブ」、6章「ダイコン」、7章「ワサビ」。序章で著者は、この本の主題である「品種」を生み出す人々について触れている。本連載第2回にもつながる「園芸植物の向こう側には人がいる」ということを教えてくれる。

育種、ブリーディングの主人公は植物だが、これらのドラマには生産者をはじめとして多くの人間が登場する。なかでもブリーダーあるいは育種家と呼ばれる品種の生みの親は欠かせない。ブリーダーとは生物を改良する仕事。ブリーダーというと、ペットや家畜の分野でよく知られているが、実際には植物のブリーダーのほうがずっと多い。ムギ、イネ、トウモロコシの世界三大作物はもちろん、イモ類、野菜、果樹、花、材木や紙の原料となる樹木にも育種を生業とするブリーダーがいる。日本ではほとんど話題にならないが、欧米では農業界のイノベーターとして認知され、尊敬される憧れの職業だという。

著者は、次のように書いている。彼らは世界各地で自身の成功と人類の豊かな暮らしを夢見て、日々植物と向き合う、職人気質の自然科学者である。育種家の役目は新人タレントの発掘(新品種の育成)だけにとどまらず、見出した才能を磨き上げて世に届けるためには販売までのすべてに首を突っ込む覚悟も求められる。新品種そのものの力だけではなく、最終的にはトータルマーケティング力の差が勝敗を分けるからだ。事業としての成功を目指すのであればブリーダーはときに辣腕プロデューサーと言われるぐらいがちょうどよい。

育種はタイムマシンを使える特別な仕事

育種家は、自分の温室や畑の中で進化の時計を操ることができる。自然界では何千年、何万年もの時間をかけなければ起こり得ない生物の変化をものによっては10年にも満たない期間で実現してしまう。これが醍醐味だという。過去に遡って進化のプロセスを検証し、時代に合った品種を見つけ再評価することもできる。無駄を恐れずに過去と現在を行き来して生命の存在能力を見出し、あるいは引き出して新たな価値を提供するのがプロのブリーダーの使命なのだ。

第1章では、著者が尊敬する育種家のレジェンド、バーバンクを紹介している。序章で触れた「三人のレジェンド」の一人だ。ほかの二人は、「分類学の父」リンネと「遺伝学の祖」メンデル。バーバンクを「植物の魔術師」として紹介し、また人類の歴史に大きな影響を残した三大発明家(他はエジソン、フォード)のひとりであることも示している。そんなバーバンク最大の功績の一つが「ジャガイモ」。ジャガイモを、本の最初に置くことで人類への貢献と現代までの歴史を物語る。病害虫との闘い、ファストフードやポテトチップスなど身近な利用についての話がおもしろい。また、アメリカで植物の品種に現代の「知的財産権」にあたる特許が与えられるようになるのは、1930年のことだという。この法律の成立にエジソンが関わっていたというのも興味深い記事だった。

2章はナシ。江戸時代から続く接ぎ木の技法や最新の「ジョイント仕立て法」などの技術が解説されている。3章のリンゴは明治初期に導入され、歴代の生産者に育てられながら、グローバルな商品として世界各地へ広がる話がおもしろい。4章は、ダイズ。こちらは味噌や豆腐、納豆などへの多様な利用や在来品種を多く抱えるエダマメの話を通じて、日本古来の品種開発を語る。5章のカブ、6章のダイコンでは、在来品種の歴史と現代の「F1」という品種改良技術を語る。

最後の7章は、自然の中から優れた品種が見いだされたワサビの栽培化の物語だ。繊細な味の違いを区別し、各地で特色ある品種が栽培されてきた。植物の機能性が注目されるなかで、ここでは、品種そのものの改良というより、わさび田の造り方と維持管理方法など栽培技術のイノベーションによってワサビ文化が形成されてきた歴史を解説する。メリクロン技法で品種を増やすといったことも記されている。

ブリーダーの喜びと苦悩

ブリーダーは思うような品種が育成できれば、非常な喜びを得られるが、その一方で、自分が予想だにしない品種が大ヒットする場合もある。「こうした品種との出会いがあり、自分を見つめ直すことで、はじめてブリーダーの眼力、力量は高められる」と著者は言う。「ブリーダーの力量とは、志の大きさ、好奇心、育種する対象への謙虚さ、この3つで測れるはずだ」。

この本には人間が創った品種の物語と同時に、日本に自生する「原種」や古い時代から引き継がれてきた「在来種」の重要性にも触れている。「F1」を作り出すためにも、種苗会社や育種家は、その親となる品種を維持するために膨大な努力を継続している。こうした努力も普段は簡単に見えない場所にあってずっと続けられている。

本書は植物の品種改良について全体を概観できるつくりになっている。その一方で、この本ではあまり触れられていないのが、「遺伝子組み換え」、「ゲノム編集」といった技術だ。今回とりあげられた植物がすべて食用であったということもあるのかもしれない。そして、忘れてはならないのは、今回、「花」や「観賞用植物」がない、ということである。著者がもっとも得意とする分野がない。ここに、冒頭に挙げた謎の答えがあるのではないだろうか。

物語には人を動かす力がある。「一人で見る夢はただの夢だが、みんなで見る夢は現実になる」(※1)と、誰かが言った。読む園芸=園藝探偵の活動は想像する楽しみ。想像は無限だ。年末に発売されてまだ1ヵ月ほどだが、すぐに「重版出来(じゅうはんしゅったい)!」(増刷が決まること)になったようだ。この調子で売れていけば、次の著作への扉が開かれる。それは、今回、著者が載せることのできなかった物語であり、願わくは、著者の専門である花の話であることを希望する。「日本の品種はキレイだ!」と語って欲しい。

※1 A dream you dream alone is only a dream. A dream you dream together is reality. (オノ・ヨーコ、ジョン・レノン)

参考
『NHK趣味の園芸 やさいの時間』2020年2・3月号 No.132 NHK出版 2020
『植物の育成』(全8巻) ルーサー・バーバンク・著、岩波書店 1960

 

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著者プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

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