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第53回 東京オリンピックへの期待と課題~1959年の暮れのおはなし

公開日:2020.2.14

『農耕と園藝』1960年1月号(第15巻1号)「座談会 オリンピックと日本の蔬菜」

[発行]誠文堂新光社
[入手の難易度]難

僕は、千葉県の一宮町に住んでいる。九十九里浜の南端に位置していて、JR総武線快速の始発・終着駅のひとつ「上総一ノ宮」駅のある町だから知っている人もいるだろう。今夏に開催されるオリンピック2020東京大会の「サーフィン」競技の開催地となっている。小さな海辺の町だが、会場設営、駅舎の改修などが行われ、駅や海辺に飲食店ができるなどちょっとした変化が起きている。ある意味、ほんの2週間ほどの祭りなのだろうが、どんな感じになるのか楽しみでもある。そこで、今日は56年前の東京オリンピック当時の資料を取り上げたいと思う。

1960年は、「量より質」への転換期

本連載の第13回で「東京オリンピック」から「大阪万博」までの「祭りの十年」を追跡する!などと大風呂敷を広げたのだが、驚くことに、ずっとそのままになっている。今回の資料(『農耕と園藝』1960年1月号=創刊35周年記念号)もそのときに紹介したものだ。今回は、記事全文をテキスト化して抄録することにした。概要は以下のようなものだ。

・オリンピックを目前にして、「清浄野菜」の供給を増やすことが課題。

・オリンピックまで四年あるが、来日外国人はすでに増え続けている(昭和26年に年間5万6千人→昭和33年15万人と3倍に。

・オリンピックで来日する外国人は選手・観客合わせて約3万人と予測。「おもてなし」のためには食の問題を解決する必要がある。

・このとき、まだ、夏か秋か開催日が決まっていなかった。対談参加者は夏だと思うと語っている。

・外国人がいちばん気にしているのは野菜類、特に生で食べるために清潔なものが求められた。「進駐軍が大津とか調布で水耕栽培をやったのも、その一つの現われだと思う」

・清浄野菜を増やすために、下肥をやめて化学肥料を使う。あるいは、東京のゴミ問題解決にも関連して、生ゴミと下肥をあわせつくる「速成堆肥」の利用にも力を入れるべきだ。

・開催される夏(この当時の予測)は野菜がふんだんにある時期なので、供給に関しての量的な問題はない。

・オリンピックは「量より質」へと向かうよいきっかけになる。すでに、トマト、キュウリ、キャベツその他、非常によくなっている。日本人の器用さで「一代雑種(F1)」を作り上げていることが要因だ。

日本の食材の味や品質は素晴らしい、ということをよく耳にするが、この当時はまだまだ、量をつくることに追われていた時代で、そこからの転換が求められるようになっている。裏返せば「質」の追求ができるようになってきたのだろう。戦時中から戦後にかけては、恐ろしい食糧難があった。諸外国からの支援物資も含めて「味よりも量」、国民の飢えを解決することが最重要課題だった。そうした時期がすでに過去のものになろうとしていたのだ。記事にもあるが、味の他にも、ビタミンや栄養成分なども話題になっている。158ページの記事では、この当時、ホウレンソウに含まれる「シュウ酸」が体によくない(ホウレンソウ有害説)、という問題が出ていて、人が普通に食べるくらいの量なら何ら問題ない、という声明が国立栄養研究所から出された、とある。

オリンピックの結果はどうなったのか

さて、この記事がオリンピックの4年前に出されたものであることを踏まえて、結局、1964年のオリンピック後にはどのような成果が挙げられ、どんな問題点が残されたのだろうか。僕たちは、当時に生きた人たちと違って、時空を飛ぶことができる。オリンピック直後に編集される『農耕と園藝』1964年の12月号や1年を振り返り翌年を展望する1965年1月号を見てみればなにかわかるかもしれない。それでは、今日はこのへんで。

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#オリンピック#選手村#清浄野菜#水耕栽培#礫耕栽培#ジャパマハイツ

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資料 「座談会 オリンピックと日本の蔬菜」 『農耕と園藝』 1960年1月号(第15巻1号)※記事の中で現在では一般的に使用が不適切と思われる言葉があるがそのまま掲載する。

・出席者
江口庸雄(日大教授農博)、杉山直儀(東大教授農博)、河西静夫(帝国ホテル常務)、小松崎英男(本誌編集長)、矢富良宗(本誌編集部)

オリンピックを契機にのばしたい日本の蔬菜園藝

小松崎  三十年来、国民が待望していたオリンピックは、いよいよ昭和三十九年(一九六四年)に東京で開かれることになり、すでに、各方面でいろいろ準備をはじめているようです。われわれ農園芸の分野でも、食糧の面で、今から考えていかなければならないことがあると思います。それと最近、日本に来る外人の数が非常にふえてきておりますね。昭和二十六年は五万六千人だったのが、去年は一五万人と三倍にもふえており、三十四年度はおそらく一七万人を超えているでしょう。このように外人をたくさん迎えるようになっておりますので、こうした機会に、食の問題、ことに日本の野菜の生産について、大いに考えてみる必要があると思います。

江口  こうした機会にいろいろ考えてみることは、これからの日本の蔬菜園芸(※1)を大きく発展させる契機になりますね。

杉山  一体オリンピックを開く時季はいつ頃になるかな。

河西  大体夏ですね。

小松崎  二、三日前、東京都のオリンピック準備委員会を訪ねましたら、本決りになるのは三十九年の二、三月だろうとのことでしたが……。七月二十五(月曜日)から八月九日(火曜日)までの一六日間が第一の予定だそうです。しかしこの頃は非常に暑いので、或は十月十七日から十一月一日になるかも知れないといっていましたよ(※結果的には、十月十日から二十四日となった)。

河西  夏説が今一番強いようですね。私どもも大体夏の予定で準備をすすめております。

小松崎  宿泊関係ではどのくらいの人数を見込んでいますか。

河西  当局は大体三万人とふんでいますね。メルボルンでは、船か飛行機よりほかには行けないところなので、お客さんは1万弱でした。選手は別ですよ。それからヘルシンキは陸続きで、自動車でも電車でも行けるという関係でお客は二万七千、選手は一万、そうすると、大体想像がつきますね。

※1
「蔬菜」は食用として栽培される草本類を示す大きな用語。「蔬菜」>「野菜」。スイカやイチゴ、メロンなど果樹以外で果物に含まれるものや山菜やキノコ類も含まれる。「野菜」はこうしたものを含まない。青物。現在は「蔬菜」が役所や研究分野以外ではほとんど使われなくなり、また意味も同一視されている。

まず一番に清浄野菜を

江口  そこで本論に入りましょう。オリンピックは日本でできるおいしい野菜を紹介する絶好のチャンスですね。

河西  日本には野菜が豊富ですよ。洋菜もすっかり日本化し何でもできるようになった。

江口  トマトとかキャベツ、タマネギなどは日本人の食生活にもあっているのですっかり日本化してしまい、だれも西洋野菜とは思っていない。値段が高く米食にあい難いようなものを、今でも一応西洋野菜といっているものもあるが、これもパン食の普及につれて日本化していきますね。ところで、今度オリンピックについては都市計画とか、観光対策もいろいろ考えられていますが、私どもからいえば、外国人が一番気にしているのは野菜類だと思うのですよ。進駐軍が大津とか調布で水耕栽培をやった(※2)のも、その一つの現われだと思う。だから、蔬菜などの産地まで含めた都市の計画を単にオリンピックに限らず、これから大いにやらなければならないと思うのです。

そこで私どもは清浄野菜を珍物扱いでなくて、もっと根本的に考え直さなければならない段階にきていると思います。しかしわが国では長い間の習慣で、野菜を作るのに下肥等を使っていますからね。

河西  私など、うちで野菜を食べるときには、安心して食べてしまうが、よそに行くと、食いたいが、さていいのかなと思って、安心して食べられない(笑)

江口  これは、外国人が来る来ないにかかわらず、あるいは、また厚生省などから言われるまでもなく、われわれ栽培関係者自身が清浄栽培をおしすすめるべきですね。

河西  この前のオリンピック招致のときもそのお話が出た。その後敗戦で進駐軍が入ってきたときもまた取り上げられた。こんどが三回目ですね。

江口  農家の方はわれ関せずえんですわ。(※「我関せず焉」「焉」は漢文で断定の意を表す助辞)

河西  清浄野菜がなかなか伸びないのは、日本が野菜の国、魚の国だということなんだ。それで日本では野菜料理はごちそうじゃない。だから、野菜のありがたさを知らない、いい料理が生まれてないのです。以前、私が東京会館で、いろいろな魚の料理を工夫し、あの「プルニエ」を始めたのですが、これがまことに好評でした。それに味をしめて、今度は野菜料理をやってみたんです。ところが、さっぱり反響がないんです。つまり日本人は野菜はごちそうではないとおもっているんだな。ところが外人からみれば、野菜料理ぐらいぜいたくな料理はないんですよ。

江口  熱帯に行ってみればよくわかる。貴重なものですよ。

また、生食野菜の効用について柳沢というカルシュウムとマグネシウムの専門家が、面白いことを書いている。それによると、非常におもしろいのは、野菜をよけい食っている人はビタミンKができているそうです(※3) 。このビタミンKはすばらしいもので、デンマークのダムという人(※4)が初めて見出したビタミンらしいけれども、Kは凝固という意味から始まった言葉らしい。だから、血をとめるとか、離尿作用(ママ)、解毒作用、抗菌作用、その他いろいろ効果がありますが、要は野菜の緑の葉中に特にKが多いらしい。だからつねに野菜をたくさん食っている者はひとりでにKができていて、健康が増進されるというのです。

 

※2
「清浄野菜の現状とその見通し」(加藤要1953 農業技術研究 7(6) 1953 静岡県農業協同組合中央会)
水耕栽培が日本ではじめて採用されたのは、終戦直後の進駐軍(連合国軍)による調布市(東京都)および大津市(滋賀県)の農場だった。これが日本の植物工場の先駆けだという。占領期の日本では、家畜や人の糞尿を肥料とする農業生産が一般的であり、寄生虫の心配のほか、不潔だとする感情的問題が外国人の中に存在していた。そこで連合国軍は自国から野菜を冷蔵船で取り寄せながら、日本国内での自給のために水耕栽培による清潔な野菜(清浄野菜)の生産を始めた。

※3
柳沢文正「新説長寿法―カルシウム・マグネシウム医学」1958年か?

※4
カール・ピーター・ヘンリク・ダム、生化学者。1929年、コレステロール研究のなかで見つかった。ビタミンKは通常、腸内細菌によってつくられ不足しない。食品としては、納豆に非常に多く含まれている。その他、コマツナ、ホウレンソウなどの緑黄色野菜にも多く含まれているそうだ。

その対策―下肥やゴミ処理

江口  近来とくに環境衛生の立場から厚生省が乗り出し、都市の下肥、じんあいの処理法を大いに研究しています。というのは、東京など下肥やゴミの捨て場所もないほどに追い込まれています。それは大へんな量で一人一日あたり四〇〇―五〇〇g、全国の都市では、一日一〇六万tにもなる。その処分は、五七%が埋め立て、三三%が焼却、堆肥には、わずかに六・八%、家畜の飼料にはわずか一・二%です。これについては、厚生省で四、五年前からヨーロッパ各都市、デンマーク、オランダ、アメリカ等に専門家を派遣して詳細に調べてきているのですが、特にデンマーク、オランダは非常に進歩しており、二〇~三〇年前から、都市のじんあい処理については、高速堆肥にして、それを農園に使っています。それから見ればわが国はまことにおくれています。昭和三十年に神戸ではじめてじんあい(※塵埃、ちり・ほこり)、下肥処理をやり、ついで平塚がこれをやったのです。現在東京、船橋、浜松、姫路、尾道などが今建設中です。私は二~三年前から厚生省関係の環境衛生審議会に出席しているのですが、厚生省の方ではやっきなんです。これが法文化されて、高速堆肥の建設費の三分の一は国庫から補助されるわけです。

速成堆肥は農家に福音

江口  これをすすめて堆肥源の少ない近郊農業に活用すれば、下肥の連用で土が悪変している農家は助かるわけです。だから農家の方も絶好のチャンスで、大いにこれが建設の招致に協力すべきです。堆肥は、四日間でりっぱにできます。じんあいと下肥とまぜて六〇―七〇度Cの高熱で回転しながら作りますから、寄生虫の卵は死にますし、雑草の種子もなくなります。肥料成分は所によって多少違いますが、平塚の方では窒素が一、燐酸が〇・五、カリが〇・五ぐらいです。浜松のものは窒素が〇・五、燐酸が〇・五、カリが〇・四八で製法その他で多少の差もあるようですが、従来の堆肥に比べますと、とくに燐酸はまさるとも劣らないのです。

この値段は浜松のものがトンあたり五五〇円。平塚のものはトンあたり三五〇円くらいです。それを四kg(一貫)当りにすると二・五―三円ですね。すばらしい堆肥で、私どもが野菜園に使うには少しもったいないくらいです。

小松崎  そんなにいいものが……。

江口  りっぱですよ。この肥料試験は北海道農試でもやっていますし、私どもも平塚でこれを使いましたが、ジャガイモやハツカダイコン、チシャなどは収穫が一割ぐらいふえている。とくに初期から中期に目立って発育も色もいい。ですから都市近郊の蔬菜地では、これをつかい、あとは化学肥料でやるべきですね。ところがややもすれば、あんな処理場を持ってこられてはハエが多くなるからと反対する者が多く、当局も困っておると聞いていますが、むしろ誘致運動をやるべきですよ。そして、イチゴやハツカダイコン、チシャなどのみごとな清浄野菜を作り、日曜日あたりには家族連れの散歩者をひきつける位にしたいものです。

杉山  その速成堆肥は需要はありますか。

江口  ひっぱりだこです。

杉山  それをできるだけ早く大量生産すべきですね。

江口  京浜地区、藤沢とか辻堂、そういう砂質壌土の地帯は野菜に適しているので、ナスやキュウリを長く作っていますので、苗作りも上手ですね。ところが有機物がないので、ドロが悪変しており、あわれなものです。

小松崎  そこに有機質が入れば……。

江口  楽によいものができますよ。

杉山  このごろ、都市近郊の野菜地帯が、昔のように野菜がらくにできなくなったのは、下肥の連用、化学肥料の使い過ぎが一番大きな原因ですね。清浄栽培をやるのに下肥を使わずに化学肥料を使うのはきわめて簡単ですが、一番問題なのは、さっきの有機質の給源ということですね。

江口  それには厚生省でやっているこの運動が、ちょうど絶好のチャンスですよ。オリンピックを目標にして今からやればちょうどいい……。

杉山  近代的になりますよ。

江口  そうしなければいかぬ。文化日本の恥ですよ。

杉山  清浄栽培の組合もかなりできつつあるが……。

江口  農林省もそれを奨励しています。

杉山  水耕でやっているところもあるし、両方タイアップしていけば……。

小松崎  川西さん、外人はこちらで出した生野菜を喜んで食べますか。

河西  清浄野菜であれば喜んで食べます。これ以上のごちそうはないと思っています。

小松崎  不安がりませんか。

河西  うちで出すものは安心して食べていますね。

江口  それだけ信用もあるし、責任もあるわけですね。

小松崎  レッテルは清浄野菜でも、中味はどうかわからないのが、日本の現状ですからね。

下肥を使わない

江口  古い例ですが大阪のタマネギは下肥をほとんど使っていない。つまりあの辺は南海電車が走っている関係で、働き手が電車の車掌さんなどにどんどん出ていく。そして下肥のかつぎ手がいなくなってしまったので、化学肥料でやっておった。こういうことが原因で、長年下肥を使わない地帯になったのです。

それから鳥取で、八月にまいて九月、十月に大阪に出す早出しの富桑地区のホウレンソウですが、これを全部尿素でやっています。これも非常におもしろかった。組合に行って調べたら、組合長が「このごろの若い者は下肥をかつげない」と、はなはだまずいようなことを言われたから、「下肥はかつげないのがほんとうではないか、尿素があればむしろそれを使うのがほんとうじゃないか」と組合長にいったのです。

そして清浄野菜の方がむしろ安いというところまで持っていかなければいかぬと思うのです。

小松崎  早くそこまでいきたいものですね。

江口  ただ非常におもしろいのは、長野とか群馬のチシャとかセルリー、こういう洋菜を出しているところ、これは山の中で農家が一軒とか二軒でやっているから、ひとりでに清浄野菜になってしまうのです。これは安心です。

特にこれから清浄野菜ということになれば、厚生省などの調べによると、二ヵ年下肥を使わなければ十二指腸虫や回虫は絶滅するということになっていますから、二ヵ年だけその村が申し合わせて下肥を使わないようにすればほとんどなくなると思います。

それから普通の下肥も夏の間さらしてやれば、少なくとも十二指腸虫はなくなっている。回虫はまだ少しおるが・・・。今のところ厚生省で改良便所をやっていますが、これも徐々に進んでいます。これもいいと思いますが、私どもは今申しあげたような方法で清浄にいくようにしたいと思います。

野菜洗場の改善

それから第二段には、野菜を洗う場所を大いに考えなければならぬ。われわれ産地、たとえば江戸川あたりでも、桶も足も野菜も同じところで洗うところが多いですよ。大阪の湊辺も、アオミドロのわいたところで洗っているが、これからは川を指定して、できれば井戸のシャワーを励行すべきだと思います。

なお、下肥を運んだ車は赤い印でもつけておき、野菜の運搬車には使わないようにする。

河西  進駐軍はこの近くで、清浄野菜を作っていますか。

杉山  調布に二二haもの水耕栽培場があり、そのほかに清浄栽培の広い畑がありますよ。

江口  それから大津にある。朝鮮戦線にトマト、キュウリを飛行機で送っていたのです。砂耕栽培で、タンクに養液を入れて、それがぐるっと圃場を回ってまたタンクに来るようになっている。オートメーションですばらしいものですね。

小松崎  立川に民間唯一の水耕栽培場がある(※5、瑞穂町の間違いのようだ)。レタス専門にやっていますね。あそこからお宅には入っていませんか。

河西  入っていますよ。

矢富  瑞穂町のジャパマハイツ(※6)農園部の水耕農場といってかなりの規模です。

小松崎  最近、需要がますます増えてきているので、拡張するそうです。

河西  そういうところを是非農家に見学させたいですね。

矢富  ところが普通の農家と非常にかけ離れているので、おれたちにはちょっと手が届かないという感じになるかもしれませんが……。(笑)―くわしくは小誌十一月号臨時増刊「良質多収をめざす肥料と施肥の新技術」参照―

※5
立川ではなく瑞穂町にあった(6参照)。『礫耕の技術と経営』(誠文堂新光社1963)のなかに「ジャパマハイツの礫耕」(村田文登・平松正也)という論文があり写真入りで解説されている。

※6
「ジャパマハイツ」現在も東京都西多摩郡瑞穂町に位置する元米軍住宅群。この地域には音楽家の大滝詠一や作家・村上龍が住み、小説『限りなく透明に近いブルー』の舞台になった場所だという。

外人むきの野菜は
向うでは生野菜がぜい沢品、貴重品

小松崎  帝国ホテルにはずいぶんたくさんの外人が泊るでしょうが、どんな野菜が必要ですか。

河西  いまあるもので充分ですよ。ただ清浄野菜がほしいですね。それからいつでもなくてならぬものは、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、これがなかったら料理ができない。それとインゲン、レタス、セルリー、ホウレンソウ、ブロッコリー、ハナヤサイ、キュウリ、小カブとか……。それからサヤエンドウ、アスパラガス、パセリー、グリーンピース……。

江口  ネギは……。

河西  玉ネギです。普通のネギは使わないですね。

江口  日本野菜で外人が非常に好むものは?……。

河西  とくにありませんね。もう、日本野菜とか、西洋野菜とかの区別はないでしょう。

杉山  インゲンヤサヤエンドウなどは非常によろこばれましょうね。

河西  よろこばれます。品質もよくなりましたね。

江口  海岸地帯で、どんどんエンドウを出しますし、長野とか、群馬辺も夏の間にインゲンのすばらしいものを出します。エンドウもだいぶ工夫してきていますからそういうものは喜ばれますね。

河西  それから、グリーンピースはもう少しやわらかくならないものですか。生のうちは実のいらないものを使っているからやわらかいが、季節はずれになるとカン詰を使わねばならない。日本のカン詰は固くてだめです。そこでやむを得ず輸入物を使う。向うのものは非常にやわらかい。

杉山  大きいもの?……。

河西  中ぐらいです。

杉山  品種によりますか。

江口  品種も一つですね。今やっとわれわれの方でも手をつけたところですね。

河西  あんなものは日本で間に合うのですから……。

江口  滋賀県で水田の裏作にやっている。最近では久留米の試験場で各種のグリーンピースを集めて、品種改良に乗り出していますから、だんだん変ってくると思います。

日本はめぐまれた野菜国

小松崎  アメリカに長く御生活になった杉山先生、どうですか、生でたべるもの、煮て食べるものカン詰ものなど向うの野菜の消費傾向は?……。

杉山  トマトあたりは加工の方がずっと多いでしょう。エンドウは多分九割ぐらい、スイート・コーンも加工の方が多い、アスパラもそうです。だからむしろ生で食うのはぜいたくで、加工の方は普通の人が食うということですね。

河西  向うは暖めれば食べられるということで、カン詰が普及されている。だからカン詰の方が安くて、生野菜の方が高いのです。

江口  経営も大体それに適するようなやり方です。

杉山  だから野菜料理は高級品ですよ。日本人は一年中新しいものを食っているから、有難みはわからないが……。

小松崎  そういうところが、日本人と考え方がちがっていますね。日本を訪ねる外人やオリンピックでは、そこを考えて、清浄野菜をたっぷり出してやれば、大いに喜ばれるわけですね。連中でもカン詰より生を喜ぶでしょうから。

河西  そりゃ、やっぱり生ですよ。われわれもそこらのレストランに行くと野菜がついてくる。それがまるで小鳥のえさみたいに刻みになって出されると、うんざりしてしまう。大きいのが出てくるとえらいごちそうだと思いますよ。そういう宴会にいきたいですね。(笑)

一体、日本は南北にのびて、気候的に変化とずれがあり、四季おりおりの新鮮な野菜がいいあんばいに供給されるのです。この近辺でいうと千葉、静岡、山梨、長野、埼玉、遠くは北海道、南は四国、九州とね。ですから、ある限られた期間だけ温室物で済ませばいいわけです。たしかに日本は非常に恵まれているのですよ。ただ安心して使える清浄野菜が少ない。この点近県だけでなく、日本的な大きな構想で、今後考えていただきたいですね。

杉山  今後大いに研究いたしましょう。

河西  それから、イチゴは日本の特産といってもいいくらいですね。

江口  アメリカのイチゴ栽培は日本人が開いたようなものです。戦争中日本人を抑留したらイチゴがとまったそうですね。日本は夏もあるし秋もあるし、世界中の野菜がきれいに作れる。日本人は器用で、しかも集約的に十分に作りこなしている。しかも高冷地からも、暖い房州からも生のものがどんどん来るということで、あんまり、ありがたみを知らないわけです。

河西  日本人も非常に生野菜を食べるようになったですよ。

江口  あるところで昼飯に、生のハツカダイコンとチシャのきれいな料理を出された。下手な魚よりもとてもうまいと思ってすっかり食べましたわ。とにかく、もっと、安心して、野菜を食いに行こうじゃないかというところまでいきたいものですね。

河西  狭いために非常に得しているのですよ。アメリカでもそうですが、濠洲あたりに行くと広いでしょう。何も冒険して海まで物をとりに行かなくてもすむ。だから陸のものばかりで、海のものはないですよ。従って単調な食生活ですよ。日本はせまいが、海にかこまれ、山の幸、海の幸に恵まれている。

だが質の悪いジャガイモ

河西  ところで、ジャガイモが戦前に比べ非常に悪くなったのですがね……。

江口  従来は主に男爵イモでしたね。それが多少改良されてはいるが……。

小松崎  悪くなったというのは、味の点、それとも肉質の点?……。

河西  割ってみると、中に空洞のものや、黄褐色のしみのようなものがあったり、黒い線が入ってたりするのですよ。

江口  タマネギでは?……。

河西  タマネギではないね。ジャガイモの悪くなったのにはまったく驚きます。

江口  味も悪いですか。

河西  味もわるい。ジャガイモは日本のどこでもとれるのですが、九州あたりのはだめですね。

江口  九州は主に二期作で、十一月、十二月に出るのが多いのですが、その時期のものですか。

河西  ええ。私は博多の帝国ホテルに年に何回か行くのですが、あそこのはまずいですよ。

杉山  やはり北海道とか長野のものがいいですか。

河西  北海道が一番いい。

江口  最近では、暖地の広島、岡山、九州方面で生産が非常にふえており、われわれは向うのものがうまいような気がするのですが……。

河西  やっぱり北海道のものにはかなわない。それに当たらないと半分ぐらいはだめになってしまうものがあります。

江口  これは問題だね。

杉山  ジャガイモはやっぱりマーシュ(※マッシュ・ポテト)とか、ふかして出すものが多いのでしょう。

河西  そうです。

杉山  野菜の使い方は、日本の料理と西洋の料理ではだいぶ違いますね。日本では大体おつけものにして御飯の副食にして食べる。しかし西洋料理の方では、肉や魚の取り合せになってついている。そこが一番違う。だから、外国では肉や魚がつくと、相当な野菜を食べるわけですね。肉だけの料理はない。

河西  日本料理ではジャガイモをあまり使わない。

杉山  しかし西洋料理では相当使う。それでパンがなくてもいいわけです。

河西  あれには理由がある。肉や魚につけて、胃ガンとか胃の病気を緩和するのですよ。

江口  あれはボイル(※茹でる)するのが多いでしょう。こっちは煮込みとかおつゆでやるが……。

河西  煮込みも多少使うが、おもにボイルですね。

江口  私どもは戦争中ジャワで食べたオランダの品種(アイゲン・ハイマー)が確かにうまかった。こちらでも、男爵で窒素などをよけいやったのはえごい。平塚の砂地あたりで男爵を作ると、全く違う品種のようにうまいですね。

河西  ジャガイモもうまいものは、ほんとうにうまいですよ。御飯よりうまい。

小松崎  われわれ、戦争中お米のかわりにジャガイモを配給され、ジャガイモの顔を見ただけでたくさんだという苦い経験をもっているせいか、ブタのエサぐらいに思って最近ジャガイモをあまり食べないが……。

河西  それは、日本人が野菜を粗末にしている証拠なんだ。(笑)

江口  向うでは主食になっている。

小松崎  問題はおいしい品種ですね。これは一つ、先生方にお願いして……。

河西  ぜひとも、お願いいたしますよ。

杉山  今まで量産一点ばりでやってきたのでね。これからは品質を考える時期ですね。

江口  ことに、九州のジャガイモが問題になりましたが、今までは米の不足を補うため、量産を中心として、やっと二期作栽培ができるようになったところなのです。しかし、これからはもう一歩進めて質の問題を解決しなければならないですな。

カン詰野菜もおとる

河西  日本のカン詰野菜はおちますね。トマトでもジュースとかピューレ、ペースト、いろいろありますが、カン詰になったらとてもだめですね。

杉山  トマト・ジュースでもかなり違いましょう。

河西  味が全然違っている。外人のお客さんの舌は鋭敏ですから、日本のものは飲みませんよ。

江口  トマト・ジュースは今長野県でカゴメ・ソースが力を入れて、相当いい機械を入れてやっております。日本のトマトは生で食う習慣のためか、つい未熟のものを加工にまわしてしまうところに難があるのですね。あそこは標高七〇〇mで、トマトの最適地ですから、そんなに差はないと思いますが……。これは大きな研究問題ですね。とくにオリンピックが夏だということになれば、日本のトマト・ジュースのうまいものを飲んでもらいたいですね。

河西  是非、そう願いたいですね。

杉山  どうも日本のこれまでの加工物はね、たとえばトマトなんか、いいものは生で出し、残りものを加工にまわすという考え方が多いですよ。結局原料の問題だと思いますよ。もう生産態勢はかなりできているのだから、ある程度品種をよくすれば、もっともっと日本のトマト・ジュースはよくなりますね。

河西  トマトに限らず、日本ではローズ物を加工する習慣が多いですね。ブドウ酒でも、ブドウ酒のためのブドウというより、生で売れないものをブドウ酒にしているから、日本ではいいブドウ酒ができないと昔から言われている。

河西  甲府のサドヤ(※7)ではブドウ酒のためのいいブドウを作っていましたね。

矢富  サドヤはいいですね。

江口  アメリカ人はピューレ(※8)が大好物でしょう。それからスイート・コーンも……。この二つは今後日本でものびると思いますが、多少時間がかかりましょうね。ただトマト・ジュースは早いと思います。これは三〇社ぐらいが競って乱造したので、一時いかがわしいものもありましたが、今日ではいいものができています。この間長野で調べたら、長野方面の工場は拡張しています。作付面積が一時五〇haほどあったものが、三〇haに減らしたと言うので、どうしたわけかときいたら、乱造乱売でとても不安だったとのことでした。しかし、これからはいいのがでますよ。トマトの栽培適地もわかったし、ジュースの製造方法もわかったしするから……。

杉山  品種の改良が残っている。これを早急にすすめたい。

 

※7
甲府のサドヤ 大正6年創業のワイナリー http://www.sadoya.co.jp/

※8
野菜や果物を生のまま、あるいは加熱し、電動ミキサーなどですり潰した後、裏ごしして、滑らかでとろみのある半液体状にしたもの

 

江口  アメリカで一番目についたことは?

杉山  一番感心したのは、野菜をとってから後の洗浄、選別荷作がいい。それから野菜は大体冷蔵庫ではこび、冷蔵庫にしまい、消費者のところまで非常に新鮮な状態で来るという点ですね。

杉山  トラックも野菜屋も冷蔵している。だからイチゴでも、チシャでも新鮮なのが来ますね。

江口  その意味で貴重品になるわけですね。

小松崎  だから、どうしても高くなるのですね。

これからの野菜は量から質へ

河西  それから一般の野菜はもう量的には間にあってきたが、質の面ではわるいですね。これはぜひなんとか御指導願いたいね。

江口  進歩的な農家では頭がそちらに向いているし、安全な有利なことをやっているが、昔ながらの人が非常におかしなことをやっているということですね。

河西  多摩川で非常に熱心な人があり、私のところでは無条件で彼から買っていた。ときどきトマトのタネも、外国から取り寄せてやったのです。しかし、長い間にはやはりくずれてしまう。

江口  最近ではトマト、キャベツ、キュウリ、その他品種が非常によくなっています。いわゆる日本人の器用さで、一代雑種を作り上げています。また栽培者も世代がかわって参り、進歩的な青年層が非常に多くなったですね。その上にご承知の通りみな自作農になったものですから、非常に生産意欲が高まりまして、これからの蔬菜の進歩はもっと早いでしょう。

杉山  僕は日本人の品質に対する考え方が少し違っているのではないかと前から思っているのですが……たとえばリンゴは非常に大きくてりっぱなものを高級品として大事にするが、実際には食後に一つ食べるわけでしょう。大きいものは一つ食い切れないのです。だから、中ぐらいのちょうど食べごろの玉で、色づきのいいもの、これが一番使いやすいです。

河西  それは非常にいい御意見です。私どもはぜひそういうことをお願いしたいですね。形ばかり大きくなっちゃってしょうがない。(笑)むだですよ。以前きていた朝鮮のリンゴ。小さいがうまかったですよ。二十世紀なんか大きくて食べきれない。

杉山  それからもう一つ、日本のセルリーは大きいりっぱなものですが、われわれのうちで買うときに困ってしまうとても一つ買いきれないですよ。

江口  一般的に、もっと楽にいいものができると思うな。

河西  むだな努力をしているような気がしますね。

江口  早い話が、メロンなど以前は珍奇であったが、今日では浜松とか磐田などで、ごく簡易な温室で、平易に作っている、大衆的なメロンができるようになりました。メロンなどは、今ではそうぜいたく品でなくなっていますね。ブドウでも、岡山でごく簡易なガラス室で平易に作って、大衆化されてきています。今のセルリーなど、事実うまいものですが、やはり値段が問題ですね。

矢富  最近は大きい束ではなく、幾つかにバラしたものを小口で売っていますよ。

江口  アメリカで一番うまい野菜は何ですか。

杉山  チシャとかブロッコリーがうまかったですね。

江口  今磐田から関西方面に相当出ていますね。それから関東でちょっとふえているのはハナヤサイでしょう。東京都下では非常にふえている。一年中ありますね。もう西洋料理ではなくなった。あれは日本料理にも洋食にもどちらにも向く。おしたしでも、生でも、テンプラにもできる。栄養価値は高いし、西洋野菜のうちでは一番いい。関東では伸びそうですね。ただ問題は、やっぱり質をよくして、ボールのしまったものがいいと思う。明治神宮の品評会(※9 要調査)でもハナヤサイは非常によくなりました。これは農家にも大いに勧めていいと思います。というのは、一〇a四、〇〇〇kgぐらいとれる。酪農や養鶏の飼料にもなる。もっと安くなっても農家は引き合いますから、もっとふやすべきだ。

※9
東京都農業祭の前身の行事か?要調査!

オリンピックが夏なら

小松崎  オリンピックが七月、八月に開かれるとなると、とくにどんなものに力を入れるか……。

河西  野菜が一番豊富なときですよ。だからその心配はない。

杉山  七、八月とすれば、東京近郊にはタマネギ、ジャガイモがあるし……。

江口  トマトはまっ盛りだし、日本のおいしいスイカも食わしてみたいな。それからメロンもシーズンですね。それから山の上からキャベツやインゲンのすばらしいものが出ます。もちろんチシャもトマトもいいものが長野から出ますね。四年ありますから、改良もできましょうし……。

秋でも

小松崎  第二案の十月から十一月となった場合には?……。

河西  それも心配ないね。

江口  結球ハクサイは山の上できれいなものが出ますしね。

杉山  果菜も出ますし……。

江口  トマトは切れてくるが……。

河西  大丈夫ですよ。そのころは山梨県の抑制トマトがでる。

江口  それから三保の松原辺のキュウリが出る。これを食わしてやりたいね。

河西  最近マッシュルームが足りないのですよ。あれは非常な味の出るもので・・・。

江口  ナメコなどは?

河西  やはりマッシュルームですね。スパゲッティの中にあれが入らないと味が出てこない。

江口  日本のピックルは?……。

河西  やっぱりだめですね。

矢富  クレッソンはあってもなくてもいいですか。

河西  あれはなければだめです。一番だめなものはレモン……

杉山  レモンとバナナはしょうがないですよ。

矢富  しかし広島の試験場では、袋かけをしてあるのか、非常にいいものができる。

河西  いや、レモンはだめ……

杉山  それからグレープ・フルーツもだめですね。

河西  朝のグレープ・フルーツはなくてはならないものですね。

矢富  ネギのかわりのリークはどうですか。向うのものだから、当然必要があるでしょう。

河西  人種的に特別のものといえばピーマンくらいのもでしょう。あれはインド方面では生でそのままかじってしまうのですよ。人種的の好みといえばそんなものですね。そのかわり、宗教的な関係で野菜がなければ食べない国民がありますよ。

杉山  ニンジンの生のものを食うのがあるでしょう。

河西  あれを千本に切って、氷の上に乗っけると、きれいなものですよ。三寸ニンジンがいい。長いのは、黄色いしんが大きくて……

江口  私は連絡船で連中の食堂に入ったが、コップの中に差してあるのをカリカリ食べていたね。

河西  馬並みですね。(笑)

小松崎  一つオリンピックには生野菜をたっぷり、安心して差し上げられるようにしたいですね。

江口  日本のよい気候と、すぐれた技術とによってできたおいしい野菜を、ふんだんにごちそうして、野菜の名物の国にしたいものですね。

小松崎  ではこのへんで(終)

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著者プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

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