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第56回 寒中に若松の苗を植える~『広益国産考』再び

公開日:2020.3.6 更新日: 2020.2.19

『広益国産考』日本農業書全集14

[著者]大蔵永常
[発行]農文協
[入手の難易度]易

この4年ほど、年末に若松の収穫と出荷作業を手伝いに神栖市まで通っている(第43回、44回参照)。いつも年末だけなので、ほかの時期の作業も見たいと思っていたのだが、最近、ようやく苗の植え付け作業を見せてもらうことができた。今日はその話をする。

写真1は、苗の圃場。昨年の春頃に種子を播いたそうだ。種類はみなクロマツになる。手前のタイヤ痕はトラクターによってすでに掘り採られた場所だ。トラクターのタイヤ幅に合わせて種子が播かれ、掘り取るのもトラクターに機械をつけて採取する(写真2)。後部にとりつけた爪が土を掘り起こし揺さぶることで苗木を浮かせていく。そうやって浮かせた苗木を人海戦術で引き抜き、土を落としてコンテナに入れ運ぶ(写真3)。機械で根を浮かせてあるので抜くのは容易だ。乾燥していれば土を落とすのもあっという間だが、湿っていると時間がかかる。束ね持った苗は、頭を揃えて置きながら前に進む。見渡す限りの畑を片膝ついた状態で作業するのはなかなかたいへん。最後にコンテナに揃えて入れ、作業場に運び込む。

(写真1)小さな苗がびっしりと育っている。
(写真2)振動掘り取り機。ニンジンや苗木の掘り取りに使われる。
(写真3)両手で苗を抜きながら根についた土を払い落とす。
(写真4)ひげ根の間に白いものがついている。菌根菌のコロニーなのではないか。
(写真5)抜き揃えられた松の苗。
(写真6)作業場では、苗のサイズで3種類ほどに分けて束ねる。
(図7)束ねたらワラで縛り、根の長いところをカットする。

作業場では、サイズを大まかに3つに分けて束ね、最後に、水を張った水槽に根が浸かるように並べて終了。定植の時期を待つことになる。この作業に20日ほどかかるのだそうだ。僕の研修は一日だけだったが、次にまた定植が始まったらお手伝いに行くつもりだ。僕がマツの栽培法を調べる目的は、江戸時代の技術が現代にどのように伝わっているのか、伝わっていないのかを知りたいからだ。

鹿島・波崎地域のマツ栽培

最近、出たばかりの『日本花き園芸産業史・20世紀』(2019年)には、「茨城 鹿島地域のセンリョウ・ワカマツの生産」という記事がある(p604、浅野昭)。センリョウは、大正3年(1914)に波崎・本郷の第12代篠塚籐右エ門が最初だという(妻のよねという説もある)が、ワカマツについては不明だという。ただ昭和初期には砂地地帯に自生するマツを採取し出荷されていた。昭和13年(1938)には、鹿島の塩入が実生から栽培し出荷している。栽培方法については、僕がここまで述べてきたような手順で栽培されていることが書いてある。この地域の誰かが自然採取ではなく苗からの栽培を始め、持続的な生産を確立していったのだ。

ここで、再び大蔵永常の『広益国産考』を見てみよう。図1は、実生から育てた苗の定植のようすを示したもの。マツの実は、肥えてよく生長した美しいマツカサから採って日に干し、種子をよく叩き落として集める。紙袋のようなもので貯蔵したものを春2月(旧暦)に取り出して苗床にまく。そうすると、秋には2、3寸(約6~9cm)に伸びるだろうと述べている。

大蔵永常の時代には植物に「雌雄」があると考えられていた(「作物雌雄説」は『園藝探偵』第2号参照)。マツの場合の「雄松」「雌松」がクロマツとアカマツを指すのとは別に、クロマツのなかにもオスとメスがあるというのだ。現在では間違った考えなのだが、個体の性状を観察することを求めている。雌は成長が遅く、雄は早く大きくなるので、種まきした畑で弱いものは間引きするように勧めている。結果的に、強い苗(雄苗)を選んで定植することになった。

(図1) 松の苗を2年目に畦に植えかえた図。 国立国会図書館デジタルコレクションから https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/802207 ※コマ番号19

種播きして育てた苗は、翌春の2月(旧暦)に掘り出し、畝を立てたところに定植する。8寸ほど離した2列にして並べて植える。10日後に小便を薄めた液肥をかけ、根際にゴミを腐らせてつくった堆肥を入れる。さらに夏の土用前に厩肥(うまごやし)のようなものを根から少し離して施し、除草およびクワで根もとの土をかきこなすなどの作業をする。そうすると、秋には、8寸ないし1尺にも伸びるだろう。冬はそのままでいいが、雪の降る地域では苗の根もとにワラを薄く敷いておくこと。山や街道などに植えるのは、翌年の春か翌々年がよい。※若松生産の場合は圃場に定植後、3、4年めに収穫・出荷する(実生から4、5年もかかっている)。

種子から苗をつくる理由

大蔵永常は、薪炭用の松林や並木を整備する際には、実生から育てた苗を利用すべきだと繰り返し書いている。山林から小さな株を掘り採って植え付けたものと比べると、はるかに生長が早いのだという。自然に生えた苗を植えてから伐るまでに二十年かかるとすると、実生苗から仕立てたマツは、12、3年で伐採できる。しかも、木の材質がいいのだという。並木の場合も同様で、生長が早い。間が空いたところや枯れたマツのそばに苗を植えるよう勧めている(図2)。数多くの事例から得られた具体的な方法なのだ。

(図2)街道の並木に松苗を補植する。苗は添え木で支えられている。 国立国会図書館デジタルコレクションから(部分)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/802207 ※コマ番号21

参考
『日本花き園芸産業史・20世紀』 「日本花き園芸産業史・20世紀」刊行会編 花卉園芸新聞社 2019年

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著者プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

 

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