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東京2020大会を夏花で彩る

第9回 失敗しないための「夏花による緑化マニュアル」の紹介

公開日:2020.5.23 更新日: 2020.7.22

夏花に関するマニュアル本はありませんでした

東京都卸売市場の統計(http://www.shijou-tokei.metro.tokyo.jp/)によると、2019年8月の苗物出荷数は、最も多い5月の約36万箱に対し約9万箱で、75%も少なくなっています。

このように夏季の生産と利用量が少ないため、春や秋向け花壇苗に関するノウハウは蓄積されているものの、夏出荷向けの花壇苗については生産者や緑化施工業者などによる技術の蓄積がほとんどなく、それらに関する技術マニュアルも存在しませんでした。

2019年苗物の月別出荷数推移

しかしながら、夏季開催のオリンピック・パラリンピックでの夏花によるおもてなし機運の高まりから、国をあげてこの課題に取り組む必要性が出てきました。

そこで、農林水産省の委託プロジェックトを活用し、東京都、埼玉県、千葉県の公設農業試験場が協力して、最終的に「夏花による緑化マニュアル」を作成することを目標に、これまで皆無であった夏花の研究に着手しました。

そして、2014年から2018年の5年をかけて取り組んだ研究成果をもとに、オリンピック・パラリンピック開催に先駆けて、マニュアルを完成させることができました。

このマニュアルはすでに6,000部を関係者に配布し活用されています。本記事ではマニュアルの詳細について紹介していきます。

「夏花による緑化マニュアル」

1.マニュアルの構成

夏花の生産や利用が初めての生産者、デザイナーや緑化施工・管理など緑化に携わる方々でも夏の高温期(6~9月)も失敗せずに景観性の高い緑化を実現できるようにする構成としています。

具体的には、花材を花壇苗、カラーリーフ、グランドカバー、つる植物、球根植物に分類し、花色、葉色、草姿などから、様々な利用場面に応じて必要な情報を引き出せる構成としました。

また、各論では園芸品種の基本的な特性に加え、生産状況、入手規格、利用方法、耐乾性や耐陰性などについても記載し、その中では、施工・管理上の留意点についても触れています。

さらに、補足資料として、高温期の植栽にあたって必要な技術的課題に関するこれまでの研究成果も掲載しています。

2.目次

花の種類が分からなくてもすぐにデザインに取り組めるように花色、草姿(横に広がるのか、縦に伸びるのかなど)で検索できるようにしています。

また、植え付ける場所(水はけが良いか否か、日陰が出来やすいのか否かなど)や設備(灌水設備が整っているのか否かなど)の情報をもとに適切な花が選択できるように、耐雨性、耐乾性、耐陰性の強弱についても一目で判断できるように工夫しています。

目次の一例

3.各論

各論には品目ごとの情報が記載されています。右上は花材の分類で、花壇苗、カラーリーフ・グランドカバー、つる植物、球根植物の順に、それぞれ、26種、29種、6種、9種の合計70種が五十音順で並べられています。

品目名は一般名(流通名)で、学名、科名が続きます。写真は各植物のアップと活用例を切り取っています。

利用者にとって必要な情報として、各品目・品種の特性と出荷時期、出荷量、入手規格(入手時にポットサイズ、草丈、株張)なども記載しています。

さらに、植え付け方法(単植が良いのか、混植が良いのか、地面を被覆する目的のグランドカバー的な利用も可能なのか)や植え付け後の生育や開花状況(花径や9月時点での株の大きさなど)に関する情報も具体的な数値を提示しています。

生産者にとっての情報として、品種名、播種日、鉢上げ日、出荷日と加温をした場合は、暖房温度、さらに摘心(ピンチ)が必要なのか、定植本数はどうするのか、灌水や肥料は多めが良いのか、少なめが良いのか、特に気を付ける病害虫はあるのか否かなどについて記載しています。

各論の見方

概要については以上ですが、次に下図を例にとって、ジニアで具体的な利用方法について説明していきましょう。ジニアの場合、花材の分類として花壇苗、一般名としてジニア、あるいはヒャクニチソウとも呼ばれています。Zinniaが属名、科名がキク科となります。

花色として、白系、ピンク系、赤系、黄色系、橙系があり、品目の特性として花色が豊富であること、うどんこ病に弱い品種があることなど一般的な特性が右上に記載されています。

出荷時期は3~7月、出荷量は中~多で、夏花の中では入手しやすい花の種類であることが分かります。また、耐乾性が弱い(特に植え付け直後)ため、耐候性については「弱」に分類しています。

このことから、きちんと管理するためには灌水が十分できる環境が必要だということが理解できます。観賞時の草丈が30~50cm、株張が40~60cmという情報は、花壇のどの位置に植え付けたら良いのか、植え付け時の株どうしの間隔はどれくらいまで空けることができるのか、他の種類の花と混植するデザイン花壇を作製するうえでは重要となります。

夏花の生産が少なかった現状から、初めての夏花づくりに挑戦する生産者もいるかもしれません。いつ播種すればいつ出荷できる、という情報は有益です。ジニア「プチランド ホワイト」という品種を栽培する場合、3月22日に播種すれば6月5日に出荷できることが分かります。

加えて、生育が進み根鉢が形成されると乾きやすいなど栽培管理上留意すべき点も記載しています。

ジニアは暑さに強く生育が旺盛です。生育後半では、草丈が高くなり倒伏するなど業者が管理するうえで困ることが出てくると思われます。

また花にシミがつくなどの病気にかかることもあります。株の半分程度切り戻しても良いことや、灰色カビの病気対策として花がら摘みが有効であることなどを情報として盛り込んでいます。

各論の一例(ジニア)

4.推奨品目・品種一覧

本マニュアル作成にあたって、メーカー推奨の約1,500種類の夏花を東京都、埼玉県、千葉県の各農業試験場内や公園、緑化スペースなどに植え付け実用性を評価してきました。

第3回目の原稿でも掲載しましたが、花壇苗については、施工業者、市場、生花店など花き関係者を中心に6~7名で構成した審査会を7~9月に3回開催し、品質の優劣を点数化し基準点以上のものを有望種としています。

審査会の様子(撮影日:2016年7月27日、撮影場所:日比谷公園)

これらの結果、2014~2018年の5か年でアゲラタム、ビンカなど花壇苗52品目292種(調査数全1217種)、イポメア、アベリアなどカラーリーフ・グランドカバー36品目108種(全130種)、クルクマ、ハブランサスなど球根植物11品目35種(全74種)、アサリナ、ミナ・ロバータなどつる植物7品目14種(全29種)を推奨品目・品種として取り上げることができました。

品目・品種の情報のほか、取り扱っている会社や、池袋サンシャインシティやシンボルプロムナード公園など実証評価した場所を記載しています。一部の品種では販売量や種苗の確保などの問題から廃番となっているものもありますのでご注意ください。

当然ながら、夏花の選定にあたって一番重要なのは花の種類ですが、ジニアやナデシコなど種類によっては、適切な品種まで選ばないと夏の暑さに耐えることのできないものもあります。ここで取り上げている実証済みの品種を取り入れ、失敗の少ない夏花壇づくりに挑戦してみてください。

推奨品目・品種一覧の一例

5.補足資料

補足資料では、特に研究成果が得られたものについて内容を詳細に掲載しています。耐乾性、耐陰性、活着促進技術、リンドウの山あげ栽培による開花促進技術など学会等で発表されている内容も含まれており、研究的意義も高いと考えられます。利用者にとって有益な情報も多く含まれていますのでぜひご活用ください。

補足資料の一例

初心者は一般向け用「夏花リーフレット」の利用を

これまで解説した「夏花による緑化マニュアル」は、花を生業にしている専門の方々向けのマニュアルで、より細かく専門的な内容となっています。

しかしながら、これまで利用されていない夏花をオリンピック・パラリンピック後も定着させるためには、一般家庭にも普及させる必要があります。

そこで、マニュアルの内容を参考にしつつ、「始めてみよう 夏の花壇づくり~誰でもわかる夏花壇の作り方」と題した、夏花リーフレットも作成し、市場等を介して、すでに約1万部を配布してきました。

夏花リーフレットの一例

本リーフレットは3つのステップを経て、初心者でも簡単に夏花の栽培に取り組めるように構成されています。ステップ1で夏花の種類を選び、ステップ2で植え付け前の方法や留意点を説明し、ステップ3で植え付け後より長く夏花を楽しむためのポイントを取り上げています。

さらに、最終ページには夏花の新しい研究成果のうち、一般家庭でも取り組める技術も紹介しています。

ここではステップ1のみ解説します(下図参照)。マニュアルのところでも説明した通り、夏花で長期間楽しむことのできる花壇を作る場合、まずはじめに観賞場所に適した花を選択する必要があります。花に詳しくない方でも二者選択で容易に花を選んでいけるように工夫しています。

ステップ1

最初の選択肢は植えたい場所の日当たりについて、半日以上、日向になるのか、日陰になるのかです。日向条件の場合、次に水やりが毎日できるのか、たまにしかできないのかを選択します。

水やりを毎日できる場合は、アサガオ、ジニアなど乾燥に弱い植物を最終的に選ぶこととなります。水やりをたまにしかできない場合は、ペンタスやコリウスなど乾燥に強い植物となります。

一方、最初に日陰になると選んだ場合は、ニューギニアインパチェンスやビンカなど日陰に強い植物を選ぶこととなります。このように、簡単に適切な夏花を選ぶことができますので、これから初めて夏花壇づくりに挑戦する方はぜひ活用してください。

マニュアルとリーフレットを入手するためには

これまで夏花のマニュアルとリーフレットについて、内容や利用方法等を解説してきました。印刷物はす全て配布済みで現時点で入手することはできません。

しかしながら、東京都農林総合研究センターのホームページに技術マニュアルとしてPDFファイル形式でアップされています。

以下がアドレスとなっていますのでアクセスし、ご活用いただければ幸いです。

夏花による緑化マニュアル

https://www.tokyo-aff.or.jp/uploaded/attachment/4265.pdf

夏花リーフレット

https://www.tokyo-aff.or.jp/uploaded/attachment/7506.pdf

プロフィール

岡澤立夫(おかざわ・たつお)
主任研究員(博士)。東京都で6年間普及指導員として現場指導にあたる。
平成17年からは花きの研究員として、屋上緑化資材「花マット」や地中熱ヒートポンプなどの省エネ技術ほか、花壇苗の屋内向け商品「花活布(はなかっぷ)」を開発。現在は、オリパラに向けた夏花の研究を中心に取り組んでいる。

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