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東京2020大会を夏花で彩る

第12回 2020年夏花の利用実績と今後の課題【最終回】

公開日:2020.8.23 更新日: 2020.8.26

前号でも取り上げましたように、2020年は100か所以上の公園、霊園、レジャー施設などで夏花が利用されました。これは研究だけでなく、園芸業界あげて一体となって取り組んできた成果だと言えます。夏花の連載記事を終えるにあたって、夏花の研究のこれまでの取り組みを振り返るとともに、2020年の取り組み実績、それから今後夏花を普及していくために残された課題と対策についても触れたいと思います。

オリンピック・パラリンピック大会開催決定で夏花が注目されることに

2013年の秋、東京でのオリンピック・パラリンピックが決定しました。翌年の2014年から、種苗会社、市場、緑化施工会社など民間企業だけでなく、農林水産省、東京都、千葉県、埼玉県などの公設試験場が中心となり、夏花の研究が始まりました。

それまでは夏花を活用する事例は少なく、利用場所も限定的でした。高温環境に適する有望な苗物花き品目・品種に関する情報が不足していたことや、植え付けや花がら摘みなどの管理作業が過酷であることなどの理由で、夏花の利用が敬遠されていたと考えられます。夏花の栽培にチャレンジしても景観性の高い花壇を維持するためのノウハウも不十分で、失敗する事例も多くみられました。

夏は高温、乾燥に加え、植える場所によっては低日照で花付きが悪くなるなど花の種類による適応性に大きな差があり、秋冬期とは異なり、花壇管理に高い技術が要求されるためです。

我々は、5年をかけて、都心部の緑化スペースに植栽した夏花を評価するとともに生育や開花状況を調査し、暑さに強い花を選抜してきました。この成果をとりまとめた「夏花による緑化マニュアル」を活用して、選抜した夏花の生産者による試験的な栽培も始まり、今まで夏花に取り組んだことのない生産者にも少しずつ夏花の普及が進みました。

並行して、都内生産者が栽培した夏花の多くは、様々なプロジェクト活動の中で、都立公園や公共花壇等に植え付けられました。ここでは、これらの活動のいくつかについて、利用実績を中心に報告したいと思います。

2020年の夏花の利用実績~「花と緑の夏プロジェクト」~

砧公園(撮影日:2020年6月24日)

本プロジェクトでは、都内産の夏花が約50か所の都立公園や霊園などで利用されました。砧公園では、園道が交差する三角地帯にトウガラシ「ブラックパール」やアフリカンマリーゴールド「プラウドマリーイエロー」などが配色良くブロック状に分け植え付けられました。東京都内では、砧公園のように本プロジェクトを契機として本格的に夏花を用いた花壇制作に取り組むところが増えてきています。地域のボランティアを上手に活用したり、こまめに巡回するなど意識の高い場所では、例年9月まできれいな花壇を維持することができています。

シンボルプロムナード公園(撮影日:2020年8月6日)

シンボルプロムナード公園にも沿道に数多くの夏花が植え付けられました。花壇の一部に東京都産の花苗であること、暑い夏に耐えられる花であることが表示されています。ジニア「プロフュージョンレモン」、コリウス「ゴリラJr.ガーネット」、アンゲロニア「セレニータパープル」などが利用されています。これらの種類は耐陰性が比較的強いため、樹木の下でも問題なく生育・開花し続けます。

2020年の夏花の利用実績~「葛西臨海公園での植栽」~

葛西臨海公園の展望レストハウス「クリスタルビュー」から撮影(撮影日:2020年8月6日)

アゲラタム「トップブルー」やセンニチコウ「ネオンローズ」を含む11色12品種の夏花を用い波の形を表現する模様を取り入れたデザインで大花壇が描かれました。展望台からの眺望では背景の東京湾と一体化し、平日にも関わらず多くの方が訪れていました。

葛西臨海公園の大観覧車前(撮影日:2020年8月6日)

また、大観覧車前のヒマワリ畑には多くの品種が植え付けられており、写真のように一部では見事に花を付けている場所もありましたが、雑草や播種直後の鳥害の影響で初期の成長が阻害され苦労されている様子が見て取れました。土壌消毒や除草剤、セル苗やマルチの活用も今後検討する必要があると感じました。

2020年の夏花の利用実績~「花と緑のおもてなしプロジェクト」~

造園・種苗・園芸関連企業団体がそれぞれ区画を分担し、サマーガーデンの作製・展示を行いました。前号でも取り上げましたように、東京都農林総合研究センターは、埼玉県農業技術研究センターと千葉県農林総合研究センターが協力し、底面給水型プランターの利用技術など多くの研究成果を活かした実証花壇を作製しました。今年は、日本アサガオ、千成瓢箪、パッションフルーツを取り入れたトンネルにも挑戦しました。

シンボルプロムナード公園での実証花壇(撮影日:2020年8月6日):トンネル状に咲いた日本アサガオと色づく前のパッションフルーツ(トンネル外側から撮影)
シンボルプロムナード公園での実証花壇(撮影日:2020年8月6日):球根の連続開花技術(黄色のユリが満開。黄色のユリの後はピンク色のユリが開花)と長尺植物による早期グリーン化技術(西洋アサガオで早期にグリーンカーテンを形成)

夏花の取り組みをYouTubeにアップし、世界へ発信

YouTube動画配信に向けた撮影(撮影日:2020年8月6日)

東京港埠頭株式会社と産地間連携生産協議会(事務局:植木農協、会長:坂井清人氏)が共同出資し、「花と緑のおもてなしプロジェクト」に参画している関係者の動画撮影が同公園で行われました。より多くの人に日本における夏花の取り組みを知ってもらうとともに、来年の2021年に開催予定の東京大会で夏花によるおもてなしを実現したいという思いから、YouTubeを媒体に海外へ動画を秋以降に配信する予定です。より多くの方々にご覧いただければ幸いです。

夏花の普及と定着に向けた課題と対策

以前は利用の少なかった夏花ですが、これらの取り組みを通じて、猛暑の中でも景観性の高い花壇を維持できることが実証されています。「夏花による緑化マニュアル」を配布するなど夏花に関する勉強会、シンポジウム、現地検討会も併せて実施され、花き業界全体で「夏花によるおもてなし」の気運は着実に高まっています。

しかしながら、現状ではそれぞれの団体が別々に活動している印象を受けます。例えば、生産された花苗は市場へ流通し、施工業者は仲卸業者等から苗を購入し調達していますが、施工業者は生産されたものをただ利用するだけで、情報やモノの流れは一方向です。夏花の取り組みの中で、生産者と利用者が一体となる機会は増えましたが、まだまだお互いが求めていることが乖離している場面が多くみられます。

先のYouTubeや講演会などあらゆる媒体を活用し常に情報を発信するとともに、両者が集う場を設けるなど双方向に情報を共有できるような仕組み作りが必要です。特に、花壇や街路樹下などの植栽マスの施工管理は造園職種の方々が中心で緑化木に関する知識は豊富ですが、花きの管理技術に関しては経験も知識も不足しています。

こういった業種の方々に対して花に触れる機会を増やし、生産者や市場等から直接、利用技術に関する正確な情報が伝わるようにすれば、花の利用促進がより進むと考えられます。

一方で、全国的に夏花の生産量は依然として少なく、ビンカやジニアなど一般的に利用されている花きでも7月以降の入手は困難です。苗の入手にあたっては早めの予約と、安定的な供給に向け市場、生産者団体、JA等が団結し、生産情報を把握、開示できるような情報管理も必要です。

夏花壇を良い状態に維持するためには灌水や整枝などのメンテナンスに多大な労力を要します。都立公園の一部では、周辺企業等に対し植え付けボランティア作業を呼びかけ、また夏花を活用したワークショップを開くなど、単なる夏花の植栽だけで終わらせるのではなく、イベントを通じ夏花の魅力を伝える活動も行われ、地域活性化の手段としても一翼を担っています。緑化スペースに彩りを添えるためにも、花きを通じたこれらの取り組みの重要性はますます増してきます。

当然ながら、行政施策としてフォローしてくことも必要です。一例として、葛飾区が平成25年度から取り組んでいる「花いっぱいのまちづくり」があります。自治町会や商店街、学校地域応援団や地域の花仲間など様々なグループが駅前や公園などの公共施設、工場、病院などで実施している花壇活動に対して、区が全面的にバックアップしています。令和2年1月1日時点で、葛飾区内での活動は132団体150ヵ所にも及んでいます。

技術的な課題もまだまだあります。本記事で取り上げた葛西臨海公園のヒマワリも一例ですが、予想できない周辺環境や天候不順の影響などこれまでの研究では調べきれなかった課題も残されています。実際、今年は梅雨の影響で定植直後の苗が長雨に曝され、特に多湿に弱いビンカ(にちにちそう)において、水はけの悪いほとんどの花壇で生育停滞や枯死が生じました(写真上)。

しかしながら、剪定枝チップを敷き詰めた花壇では泥の跳ね返りがなく水の貯留も改善されたことから、長雨の影響を受けず元気に成長することが明らかとなりました。今後も様々な場所で夏花が利用されていく中で、多くの新たな知見や技術が蓄積していくと思われます。

長雨によるビンカへの影響(シンボルプロムナード公園、撮影日:2020年8月6日):チップなし
長雨によるビンカへの影響(シンボルプロムナード公園、撮影日:2020年8月6日):チップあり

このように、夏花の普及・定着には解決しなければならない課題は山積していますが、一つ一つ解決しなければなりません。そのためには、これまで取り組んできた夏花を活用した各地域での地道な活動を継続し管理ノウハウを積み上げるとともに、一般利用者に対して夏花に触れる機会を増やし認知度を上げていくことが重要です。

東京オリンピック・パラリンピックは多くの人に夏花を知って頂く大きなチャンスです。この機会を逃さず公民一体となって、さらに地域住民を巻き込みながら夏花の利用拡大が図ることができれば、「夏花」が一つのジャンルとして確立されることも不可能ではないでしょう。

プロフィール

岡澤立夫(おかざわ・たつお)
主任研究員(博士)。東京都で6年間普及指導員として現場指導にあたる。
平成17年からは花きの研究員として、屋上緑化資材「花マット」や地中熱ヒートポンプなどの省エネ技術ほか、花壇苗の屋内向け商品「花活布(はなかっぷ)」を開発。現在は、オリパラに向けた夏花の研究を中心に取り組んでいる。

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