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砂丘のハウスで適地適作和洋に使える金沢のハボタン

公開日:2020.4.23 更新日: 2020.7.30

 

31年前にフラワー部会の部会長に就任。金沢の花き園芸をリードしてきた西村俊雄さん。

「12月16日を過ぎると、ここはハボタンの箱でいっぱいに。クリスマスの頃、一番のピークを迎えます」と、JA金沢市砂丘地集出荷場で、フラワー部会長の西村俊雄さん(71歳)が教えてくれた。

訪れたのはその4日前だったので、広い集荷スペースはまだ、年末の短期決戦を前に、しんと静まり返っていた。

切り花として出荷される金沢産の「高性ハボタン」は、正月を彩る商材として人気が高く、年末の2週間に出荷が集中する。この間、金沢市内や大阪へ向け30万本を出荷しているが、その栽培を担当するのは、同JAのフラワー部会16名の生産者たち。全体の約8割を女性が占めているが、西村さんは31年前の部会設立以来、産地全体をリードしてきた。

スイカ産地のハウスで「これならいける!」

金沢市西部に広がる砂丘地帯は、スイカや伝統作物の「打木源助大根」の産地として知られている。ここで花き栽培が始まったのは、1988(昭和63)年。スイカのハウスを活用し、スタンダードタイプのストックを作ったのが始まりで、作業の負担軽減と連作障害の解消が目的だった。西村さんによれば、「花を作ったことがなかったので、最初は売り上げより種子代のほうが高くついた」という。

それでも先進的な産地を訪れたり、地元で栽培研修会を開くなどして技を磨き、播種を10段階に分けて行うことで、10月初旬〜3月までの出荷が可能に。その品質が評価され、大阪市場を中心にストックを出荷するようになった。

そこにハボタンが加わったのは、20 06年のこと。別の地域でハボタンの露地栽培が行われていたが、12月初旬に大雪が降って全滅。年末に出荷できなくなり栽培を止めてしまったために、ハウスのある砂丘地域で栽培してほしいという話が舞い込んだ。

07年に試作を開始。08年は7人でハウス栽培に取り組んだ。当初は、ハウスの気温が高すぎてダメなのでは? と危ぶんでいた西村さんたちも「これならいける!」と確信。かくして本格的にハボタンのハウス栽培に取り組むことになった。

正月花材として、人気高まる高性ハボタン

タキイ研究農場花卉グループで育種を担当している前田裕行さんによれば、ハボタンの原産地は地中海沿岸。アブラナ科のなかでもキャベツと同じ「ブラシカ・オレラセア」に属している。日本に渡来したのは江戸時代中期。花の少ない冬の庭を彩る地植えの花として親しまれ、東京、大阪、名古屋で異なる形質を持つ在来種が多数存在していた。

「ハボタンといえば、長い間冬の彩りとして花壇や庭に植込まれる丈の短い矮性種が中心でした。92年、F1『晴姿』の登場以来、切り花のニーズが高まっています」

90年代から切り花としてのハボタンのニーズが急増。中心部が白く花径が15㎝前後のF1「晴姿」と濃紅色のF1「初紅」は、正月を紅白で寿ぐ商材として、欠かせない存在に。今なお不動の人気を誇っている。

白色で中心がほのかに桃色を帯びている「晴姿」は、切り花としてのハボタンの先駆的存在。
鮮やかな濃紅色の「初紅」は、「晴姿」と合わせて、紅白で正月を彩る定番品種。

寒冷な砂地で適地適作を

西村さんのハウスを訪れると、年末の出荷に備えて紅白のハボタンが鮮やかに色付いていた。試作中の新品種も含め約20種を栽培している。

40mのハウスで、「フレアローズ」と「フレアホワイト」を栽培。新たなニーズを開拓している。

足元を見ると、どこへ行っても砂地。手ですくうとサラサラと指の間からこぼれていく。石川県県央農林総合事務所の農業指導専門員加茂川えりさんは、「砂丘地で、肥料と水をギリギリに絞りに絞って、極限状態で作ります」と話す。

タキイ種苗園芸部の陶山知克さん(左)から新品種、地元の農業指導専門員加茂川えりさんからは栽培技術に関する情報を得ている。
海岸部特有の砂地で栽培。水も肥料も蓄えられない過酷な環境が、鮮やかで茎の細いハボタンを育てる。

逆に水や肥料が豊富な場所で育てると、茎が太くなってしまうので、活け花やアレンジメントでオアシスに刺す際、大きな穴が空き、時には割れてしまうことも。砂丘地では水分の調整がしやすいため、草丈を確保しつつも、細く花の形の良いハボタンを作ることができる。

また「初紅」のような赤色品種は、色がつくと丈が伸びない性質があるので、金沢よりも寒い地方では、丈が伸びにくいといわれる。ところが金沢では60〜80㎝のものが容易にとれる。

「軸が細くて、長さもあって、ヘッドが小さめのものが喜ばれる。そんなトレンドにもマッチしているんです」

深さ9mに至る砂地と、冬場の曇天。5℃以下を推移する天然の冷蔵庫のような気温。そんな金沢の気候にマッチした適地適作が、高品質なハボタンを生み出している。

直径と長さを揃え、5本ずつ束ねて箱に詰める。
集出荷場に届いたハボタン。ヘッドが小さく、茎が長く、細いのが金沢産ハボタンの特徴。

和の域を超えて広がる「フレア」に期待

そんな西村さんのハウスに、ひときわ大きく、白い葉がフリルのように広がるハボタンが並んでいた。西村さんは、「今年で3年目のF1『フレアホワイト』です。もうちょっと遅く播けばよかった」と少々反省ぎみ。

この品種は従来のオーソドックスな「晴姿」と違い、茎が伸びやすく、花茎をコンパクトに仕上げるのが難しいという。今年は8月2日に播種したが、来年は9月に行おうと考えている。そんな「フレア」はまだ試験段階にあるが、この品種に産地が寄せる期待は大きい。

2年前から試作している「フレアホワイト」。
中心部が鮮やかな薄桃色の「フレアローズ」も栽培。ウェーブのかかった独特の葉形が特徴。

というのも、これまで年末の短期間で売り上げてきた「晴姿」と「初紅」、「恋姿」は、どうしても「正月の花」のイメージが強く、年を超えると価格がガタッと落ちてしまう。

「正月を過ぎて、2月に入ってもバレンタインのギフトとして使える。『フレア』には、そんな存在になってほしい」と西村さん。これまで年末に集中していた出荷作業を分散させ、ハボタンを長期的に安定した価格で販売していく、そんな展望もある。

ずっと「和」のイメージが先行してきたハボタンだが、フリル状の形が美しい「フレア」、ギザギサした切れ込みがあり、クリスマス商材としても使える「フェザー」等の品種も登場している。

「フレアホワイト」は、花屋で染色剤を用いてカラーリングしたり、合わせる花材によって、仏事や慶事にも使えるので、和洋を問わずアレンジメントのバリエーションは広がる。

かつて大阪の市場を通してアメリカへハボタンを輸出した経験もある西村さん。現地では高く評価されたものの、花が大きく輸送コストがかさむため継続は断念した。

今狙っているのは、中国、台湾、香港などの中国語圏の市場。現地にも地植えのハボタンはあるが、切り花としては流通していないという。

「2月の旧正月を狙って出荷したい。そうすれば、こちらの正月とは重ならんから」と西村さん。

かつて作り続けたスイカとダイコンは、すべて息子に任せている。息子が部会役員を務めるJA金沢市西瓜部会は年商7億円。かたやフラワー部会は7千万円。数値だけを見ると10分の1だが、「40年前からスイカの栽培面積は減っとらん。後継者が育っている証拠です」

スイカとダイコンが主役なら、ハボタンは名脇役。栽培に適した気候と土壌を味方に、産地をがっちり支える裏作として「金沢のハボタン」は、進化し続けている。

取材協力/西村俊雄 JA金沢市 タキイ種苗株式会社
取材・文/三好かやの 撮影/杉村秀樹

「農耕と園藝」2019冬号より転載・一部改編

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