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第63回 ブーケ・ロンは花をテーブルに置いてつくれ!~パリ花界の巨匠、ムッシューの流儀

公開日:2020.4.24

『ジョルジュ・フランソワ花の教科書』 Mon étude de fleur フランス花界の巨匠のエスプリとテクニック

[著者]ジョルジュ・フランソワ
[発行]誠文堂新光社

今日は、すてきな花束をどうやってつくるか、という話だ。ずばり、タイトルにも掲げたように、テーブルにブーケを置いて作れ!である。フランスの巨匠「ムッシュー」がそう言っているし、半世紀、その流儀でやってきたのだ。これから、そのことについて説明する。日本で「ムッシュー」と言えば、かまやつひろしだが、フランスの花界では、誰もが知る「ジョルジュ・フランソワ」氏ということになる。パリのフローリストではおそらく最高齢の現役だろう。「ムッシュー」については、第31回https://karuchibe.jp/read/6169/でも紹介している。振り返ってみよう。

ジョルジュ・フランソワは、1963年から花の仕事に携わり、50年以上を経てなお現役として活躍するパリを代表するフローリストだ。ファッション・ブティックやレストランなど有名な店舗の花を手がけ、現在はモンパルナスに店を構える。2001年には銀座メゾンエルメスのオープニングパーティーの花装飾のために来日した。

ムッシューフランソワの「シャンペトル・スタイル」の花は、幼い頃に暮らしたフランス北部ノルマンディーの風景。絵画に例えるならモネの風景画の世界だ。ただ野草類を束ねるだけでなく、メインの花がきちんと見えて、さらに野趣あふれるイメージが表現されている。「ブーケに隠されているのは起伏のある丘陵に咲く野花の風景。それゆえに、ムッシューはシャンペトルのブーケは、春から夏の花材でしか作りません。四季を感じ、花の心を大切にするムッシューのフローリストとしての気概がこんなところにも感じられ」る。マルシェ・オ・ピュス(蚤の市)やマルシェで求めてくる「ブロカント」な雑貨と花を組み合わせるのも得意で、後進に大きな影響を与えた。また、野菜や果物を使うフラワーアレンジである「ポタジェ(フランス語で「野菜畑」)」スタイルのコンポジションを生み出したことでも知られる。

1970年代からポタジェのコンポジションを作っていたというのは驚きだ。はじめは麦の穂を器にアントゥラージュ(器の表面に花や葉を巻き付けること)した素朴なアレンジだったという。インスピレーションのもとになったのは、「バルボティーヌ」と呼ばれるフランスのアンティーク陶器で、野菜や果物の形をしたものだった。高田賢三をはじめとする多くの著名人と親しく、どこへ行っても歓迎される。

この本のコラムに「ムッシューとカフェ」についての1項がある。ムッシューのお気に入りは店の雰囲気やギャルソンの立ち居振る舞いがいいお店だという。黒い制服に長いタブリエ(エプロン)をつけたギャルソンがいる落ち着いた1階の店内の席。そこで「カフェ・ノアゼット」を頼む。エスプレッソに少しだけミルクを加えたものだ。この本の魅力は、花のデザイン面だけでなく、ムッシューの生き方、流儀を垣間見せてくれるところだと思う。

「花の本」をつくる面白さ、難しさ

この本の編集をされたのは、自身もフローリストであり著作もある森美保さんだ。この本に出てくる作品の多くは、ムッシューの娘さんがやっているパリ郊外の結婚式が挙げられる一軒家のアトリエ、サロン兼ホテルで撮影されたものだという(パリから車で1時間くらい)。内部はかなり広いようで、外観は古い農家のような落ち着いた印象がある。こういう場所で花の本を作るのは楽しくもあり、また、たいへんでもある。花という繊細な材料の用意と輸送をどうするか、限られた時間の中で、現場でどのように撮影を進めるか、編集者は写真家とフローリストと両方の間に立って調整をしながら進行し、アシスタントも務める。海外だと通訳も必要な場合もあり、気づかいはさらに増える。撮影場所の光の加減は天候によっても変わり、雨だと外が使えなくなるし、公共の場所だと外部の人との折衝もある。そんなあわただしい雰囲気の中でも、できるだけなごやかに、楽しく仕事を進めながら本ができていくのだ。

だから、この本を初めて見た時、ブーケの制作工程がテーブルを背景に撮影されていることに、ちょっと違和感を覚えた。これだと、製作者がずいぶん窮屈な姿勢でブーケをつくらなければならない。写真家の立場からすると、高い台に乗って上から撮影すればいいので、かなり都合がいいのだが、普通は、ブーケの制作が主となるので、どこかにシンプルな背景をつくって、その前で撮影を進めるということが多いはずなのだ。テーブルの板を背景に撮影ができるのならば、どんどん撮影できるし、これはいいアイデアじゃないか、と僕は感じた。

(図1)「テーブルにブーケを置き」と書いてある。これがムシューの流儀だ。

花束はブーケをテーブルに置いて作れ!

ところが、写真の「キャプション」をよく読んでみると、「テーブルの上にブーケを置き、さらにチューリップを入れていく」というふうに書いてある。あれ?別なところを見ても、同様に「テーブルの上にブーケを置き、ワックスフラワーを……」とあった。そこで、他の制作シーンの写真をすべて確かめてみたが、たしかに手にした花束をテーブルに置いたまま花を足している様子が見えてきた。そこで、誠文堂新光社のこの本の出版に携わった当時のT君に、この点を尋ねてみたら、「確かにムッシューは、テーブルに花束を置いて作られているみたいです」と、別な写真を一枚見せてくれた。

それから、あっという間に約2年経った。つい最近、編集者の森美保さん本人とひょんなところで出会う機会があったので、このことを思い出して聞いてみたら、まさに、そのとおりで、むしろ、テキスト部分に「ちゃんと書いてあること」だったわけだ。森さんからは後でさらに次のようなことを教えてもらった。

・ムッシューは花束をテーブルの上に置いて作る。

・パリで長く花に携わってきたムッシューに指導を受けたフローリストはたくさんいるので、同じようにテーブルに置いて花束を作るパリのフローリストは他にもけっこういるのではないかと思う。

・もしかしたら、こうしたブーケづくりの手法は「パリスタイル」と言えるかもしれない。

・現実的に、大きい「ブーケ・ロン」はテーブルの上にのせて、回転させながら作ると作りやすい。

・ムッシューの作風はたっぷりとした花材を使うので、女性など力のない人には向いている手法だと思う。

花束をテーブルに置いてつくるのは、キッチンでまな板をつかって材料を切るか、使わずに切るか、というくらい大きな違いがあると僕は思う。確かに、経験を長く積めばどんな姿勢でも同じものがつくれるようになるだろう。タレントの「みやぞん」がギターを背中に回したまま後ろ手で弾けるように、だ。

しかし、もし、自分が花の仕事を始める最初にムッシューに出会い、教わっていたとしたら、僕はもっと材料を安定して押さえることができただろうし、たくさんの種類の花を使った大きな花束でも、緻密に花を動かし、挿し入れながら丁寧に花を束ねることができるようになったかもしれない。

フランスの花束の代表的なスタイルに「ブーケ・ロン」というのがある。パリスタイルの基本中の基本。この本では、こんなふうに解説している。「丸く束ねたブーケをフランス語でブーケ・ロンと呼びます。ラッピングを施しギフト用花束に、花器に挿してデコレーションにと、あらゆるシーンで使われるパリのフローリストの基本技術です(※注:丸いカタチが重要で、花束の場合もアレンジメントの場合も含むということ)」。花束をテーブルに置くことで、力をそれほど入れなくても花材が動かないようにできる。そのうえで、花材を少しずつ加えては、持ち上げて全体を観察し、回転させ、またテーブルに置いて次の花材を加える、そういう緻密な作業を手早く繰り返しながらたくさんの材料をみごとに組み合わせたブーケができあがるのである。

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著者プロフィール

松山誠(まつやま・まこと)
1962年鹿児島県出身。国立科学博物館で勤務後、花の世界へ。生産者、仲卸、花店などで勤務。後に輸入会社にてニュースレターなどを配信した。現在、花業界の生きた歴史を調査する「花のクロノジスト」として活動中。

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