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カルチべ取材班 現場参上

伝統野菜の矜持を胸に こだわりの下仁田ネギを栽培

公開日:2021.12.22 更新日: 2021.12.25
2006年に就農した小金沢章文さん。農家になり、まもなく16年目を迎える。

本来の姿ではない下仁田ネギを見て
農家を継ぐ決意

群馬県は下仁田町。人口約1万1000人の小さな町には全国的に知られた名産品が2つあります。下仁田ネギとコンニャクです。

下仁田ネギは別名「殿様ネギ」とも呼ばれています。その由来は、昔、江戸の大名か旗本が書いた「ネギ200本至急送れ、運送代はいくらかかってもよい」という現存する手紙、栽培記録の残る江戸時代から、お殿様もそのおいしさの虜にしていたことが窺えます。

時は降り、明治時代。富岡製糸場の稼働が最盛期を迎えた頃、お歳暮用の贈答品やお土産用の高級品として、殿様も食していた下仁田ネギが仲買人たちに求められるようになり、名実とともにその名を全国に広めていきました。

下仁田ネギの旬は12〜1月の約2ヵ月しかありません。お歳暮用の贈答品としての出荷が12月から一斉に始まる下仁田ネギの栽培に励む、下仁田ファーム・小金沢農園の小金沢章文(58歳)さんを訪ねました。

高速道路を降り、目指す小金沢さんの農園までの道に目立つのは、「下仁田ネギ販売」という看板。お歳暮の出荷は12月からという明確なルールがあるため、取材時の11月下旬に売られているのは一般流通用の下仁田ネギということになります。

「昔は全然看板もなく、アピールもしていなかったのですが、ここ10年程でずいぶん変わりました。政府の地方創生政策などの影響もあるのでしょうか、下仁田は首都圏からも近いのでテレビ取材も気軽に来られるようで取り上げられることが多くなり、下仁田ネギの知名度は上がり、人気も出てきたと思います」

そう語る小金沢さんは大学卒業後、農業を継ぐのに躊躇して上京、アパレル関係の仕事に就きます。

「朝から晩まで一年中、休む間もなく仕事に追われる父親の姿を見ていて、農業は厳しいなあと思っていました。ですから農業は継がず、上京することにしたのです」

その後、独立して会社を設立するなど、仕事は順調に軌道に乗っていたが、2006年に帰郷、農業を継ぎました。

「当時は今のような農業ブームでもなく、皆がやりたがらない農業を始めたんです」

農業を継ぐことに戸惑いを感じて上京した小金沢さんが、なぜ帰郷して農業を始めたのでしょう?

「近所のスーパーで下仁田ネギが売られていたんですけど、私が知っている下仁田ネギとは全然違うものでした。父がよく送ってくれている、葉も葉鞘も太く、立派な姿の下仁田ネギとは別物なんです。それを見ていたら、こんな下仁田ネギではなく、本来の下仁田ネギを知ってもらうためにはこの伝統野菜を絶やさず、続けていかなければ、と思ったんです。それと母が体調を崩して入院したことも重なりました」

ご両親は下仁田ネギ以外にトウノイモ(唐芋。関西ではエビイモとも呼ばれる)など他の品目も栽培しているが、小金沢さんは下仁田ネギだけを栽培。都市型農業ほど区画整理がなされていない地域のため、あちこちに点在する圃場合わせて約1.2haの下仁田ネギの栽培に両親と小金沢さんの3人で励んでいます。

下仁田ならではの気候と風土が
おいしいネギを生み出す

収穫時期を迎えている、いくつかの圃場を案内してもらいました。

河岸そばの圃場。川が近いため、土壌が粘土質で良い下仁田ネギができる。

下仁田ネギは、太い葉と短めの葉鞘が特徴。生で食べると辛味がかなり強いのですが、煮るとこの上なく甘く、トロリとしたやわらかい風味が愛されています。また、収穫時には葉が枯れているため、「古いものでは?」と疑いますが、これはまったくの勘違いで、この枯れた葉こそが下仁田ネギの食し時である、紛れもない証拠なのです。

実際、下仁田ネギの特徴を知らないお客さんからの間違ったクレームに小金沢さんは悩まされているといいます。主なクレームは、「葉が枯れていた!」というもの。

「下仁田ネギが知られていないからそうしたクレームがあるのです。青々とした葉はまだ生長途中にあり、下仁田ネギの葉は逆に枯れてないとだめ。枯れているのは生長が止まった証し。おいしさが凝縮している、冬を越えて甘みを蓄えている証拠なんです」

SNSを活用して下仁田ネギの情報を積極的に発信する小金沢さんですが、それはこうした「誤解」を解くために他なりません。本当のおいしい下仁田ネギを知ってもらうため、特に旬の時期には日々こまめに更新しています。

下仁田ネギは、下仁田の風土でしか育てられないといわれています。意外にも下仁田では降雪は少なく、年に2〜3回程。西隣には避暑地として知られる軽井沢が位置し、夏もネギが嫌う高温多湿にはそれほどなりません。

下仁田町の土の特徴は、小石を多少含んだ粘土質の土壌で、これが下仁田ネギのおいしく育つ大きな理由のひとつだと考えられています。火山灰土壌では粘質が弱く、肉質の高い優れた下仁田ネギを栽培することは難しいのです。

「利根川の支流の鏑川がそばに流れているので、河岸の圃場は粘土質です。河岸のそばの圃場と、山のほうの山地質の圃場でネギを作っています」

小石の混ざった粘土質の土がおいしい下仁田ネギが育つ秘訣。

シーズンを迎えつつある下仁田ネギですが、お歳暮出荷には厳しい規定があり、「下仁田葱の会」という約60戸が加盟する組織に加わっていないと正式な流通箱をもらえず、「伝統的な下仁田ネギ農家」という称号はもらえません。

かつて下仁田の農協が富岡の農協と合併になり、富岡が省力ネギ栽培に重きを置くようになりました。それに反対する声が上がったのと、下仁田以外の地域での栽培で管理が煩雑になり、品質の低下が危惧されるようになったため、このままでは下仁田ネギの伝統が損なわれるのでは、と危惧した有志により、2001年、下仁田葱の会が発足しました。小金沢さんの父は発足時からのメンバーです。

下仁田葱の会の遵守すべきルールは、

・下仁田町内で栽培された下仁田ネギであること
・品種の統一を図ること
・品質の統一を図ること
・規格の統一を図ること
・価格の統一を図ること
・箱の統一を図ること
・夏の植え替えをした下仁田ネギであること

の7つ。

こうした厳格なルールの下、これを守った会員のみが会により提供される化粧箱に入れられた下仁田ネギを12月から出荷できることになります。

最近では、この辺りでも種苗会社が販売するF1品種のネギを栽培する農家が増えてきたといいます。手間のかかる伝統栽培による下仁田ネギよりもスピード・省力栽培、機械化したほうが体に負担もかからず、流通もしやすいからです。

小金沢さんはなぜ下仁田ネギにこだわるのでしょう?

「それは自分の性分というか、何かにのめり込むほうなんですよね……。結局、何か新しいことをしようとしても、追求していくと、やはり伝統栽培に回帰するんです」

栽培サイクルが長く、作業も多い
手間のかかる下仁田ネギ

下仁田ネギの栽培サイクルは約14〜15ヵ月と普通のネギと違い、長くなります。収穫期前の秋に次年度用の種子を播き、芽ネギの状態で越冬させ、2度目の冬に収穫するからです。2回の越冬を経たあとに出荷が始まるわけですが、これが下仁田ネギの甘さの秘訣となります。小金沢さんの場合は、以下のようなサイクルで約14ヵ月にわたり栽培しています。

10月 種播き

11月 発芽(芽葱の状態で越冬)

4~5月 苗床から仮植え(1回目の植え替え)

6月 中耕を行う

7〜8月 夏の植え替え(本植。2回目の植え替え)

10月 土寄せ

12〜1月 収穫!

近年、省力化のため年明けに播種、夏に本植1回のみをして秋に収穫する生産者も増えているそうですが、小金沢さんは伝統に則り、2回の植え替えをしています。
このように下仁田ネギは2年越しの手のかかる栽培になるのです。

特に厳しい冬の寒さがネギのなかに甘みを凝縮してくれる出荷直前の初冬は、ネギの味を決める最も重要なシーズンとなります。初霜が降りる寒さが、ネギが甘さを閉じ込め始めるサイン。ちょうど取材日の朝、今年の初霜が降りたといい、小金沢さんには安堵の表情が見られました。

収穫の様子を拝見するため、河岸のそばの圃場から山の上の圃場へ。掘り取りの機械を走らせ1本1本、ネギの根を切っていきます。

「ここの圃場は東側にスギの木が多く、余計な陽が当たらないため日焼けしていない、きれいな葉のネギが多いです」と小金沢さん。

次に、根を切ったネギを脇に放っていき、天日に晒します。「風乾(ふうかん)」というこの作業は下仁田ネギに欠かせない収穫後の作業で、風に晒さず、湿気を帯びたままだと葉が割れたり破れたりしてしまうのです。風に晒すことで葉の水分が飛び、葉が萎れると適度に折れて、箱詰めもしやすくなるといいます。

収穫したネギを天日干しする「風乾」。風が強く天気が良い日は3時間程晒せば充分。
この日、収穫したネギ。太い葉と葉鞘がいかにも下仁田ネギらしい。葉先が枯れているのが甘みの詰まった印。決して劣化しているのではないので誤解なきよう! 

「下仁田ネギの特徴の1つである葉は、観葉植物のようにツンツンしていて細いものはあまり良くなく、バナナの太さくらい葉が膨れているのが優品の証です」

収穫までの14ヵ月で大変なのは夏の植え替えと出荷だと小金沢さんはいいます。7〜8月に行う植え替えは、よく育った下仁田ネギらしい太いネギと、あまり育ちの良くない細いネギを選別していく労力もかかる大事な作業です。

選別されて圃場の脇に放ったネギは、それでもたくましく育っている。

脈々と続く
伝統の種子をつないでいく

無事に冬に出荷を終え、しばらく経った5月の末から6月の頭に種子の採取をします。収穫時、圃場のネギの一部を1000本くらい残しておき、採取するのです。伝統野菜ならではの大事な作業です。

「種採りは大変なので2年に1度の人もいますが、私は毎年やっています。下仁田葱の会員の厳しい規約を守るためには自家採種は必須です」

春に残しておいた葱坊主。これから種子を採取し、秋に播く。

下仁田ネギの主な系統はダルマ系西野牧系利根太系の3種で、それぞれ下記の特徴があります。

ダルマ系・・・葉身が太く、葉先は丸く、内外葉の葉長が揃っている。全長、軟白部ともに短く、耐病性に欠けるが肉質は良い。
西野牧系・・・葉が細めで長く、軟白部もやや長い。肉質はダルマ系よりやや落ちるが耐病性は強い。
利根太系・・・全体的には太いが葉長および軟白部が長く、形状・肉質は下仁田ネギとしての特質に欠け、根深ネギとしての特性が強い。
(下仁田町ホームページより引用)

小金沢さんが栽培しているのはそのなかの、ダルマ系の流れを汲む「中(ちゅう)ダルマ系」というもの。ダルマ系と西野牧系の中間タイプで、葉が短く丈が短い、まさに下仁田ネギらしい種類なのだとか。

根に向かって根元が丸くカーブしているのがダルマ系の特徴。

ただ、中ダルマ系は耐病性が低いため、注意が必要となります。
「肥料は必須ですので、基本的には春の土壌診断をして足りない成分を確認してから適宜、有機肥料を入れたりしています。あとはその時々で栽培途中にネギの状態を見て、判断して施肥します。有機と化成のミックスが多いです。あまり化成は使いませんが、生長次第では即効性があるから必要な時もあります」

基肥は長野県の株式会社ハラダアグロビジネスの「有機の里」。追肥は全農の「下仁田葱専用」。4月に植え、根が張るのは5月末なので、6月に「下仁田葱専用」とその時々のオリジナルブレンドの肥料を入れるといいます。追肥は年2回の植え替えの1カ月後、新しい根が生える頃の6月、9月、そして最後、10月に行います。ここで追肥すると、おいしく、太い下仁田ネギになるのだとか。生育途中、葉が黄色くなってきた場合は鉄分不足が考えられるので鉄分配合の肥料を、葉に元気がないと感じた場合は植物の葉に栄養をつけるため、マグネシウムの入った肥料を入れています。小金沢さんは葉の消毒が苦手なので、根のほうから肥料で元気に育てるようにしています。

愛用の資材「有機の里」と「下仁田葱専用」。今でもいろいろな肥料を試しているそう。

収穫直前の圃場の隣の圃場では、来年用の苗がすくすくと育っていました。この小さな苗も来年末の寒さの頃、晴れて出荷となるのです。

来年の冬に収穫されるネギの苗。この先には夏の植え替えや中耕など、まだ長い作業が待っています。

小金沢さんの栽培する下仁田ネギは一般流通はなく、直売、料亭、そしてお歳暮用が取り引き先。料亭のなかには星のつく有名店も名を連ねています。農協への出荷はせず、お歳暮出荷がメインなので、12月10〜20日前後に作業が集中するためこの時期は多忙を極めます。

風乾後の出荷までの作業は昔ながらの手作業なので、最盛期でも出荷は1日20〜30箱。お歳暮時期以外は小金沢さんとご両親の3人で作業していますが、12月上旬からは3−4人のスタッフが根切りをし、箱詰めして出荷となります。

収穫したネギは作業場へと運ばれ、調整作業をします。ハサミや包丁で切る生産者も多いなか、小金沢農園では、カマを上向きに縛りつけて固定したオリジナル道具で根をカットします。下仁田ネギの特徴である長い根をだいたい3cm程度切って調整します。人によっては軒下や日陰の涼しいところに立てかけて保存するため、根を残したほうが保存も効いて便利なので、一般的なネギより長めに根を残します。

調整作業は母の久江さんはじめ、女性の仕事。カメラのシャッターが追いつけないほどその作業はスピーディ!
12月解禁のお歳暮出荷は下仁田葱の会会員だけに許された化粧箱で。毎年発送直前にならないと化粧箱は支給されないため、この箱は昨年のもの。

多くの伝統野菜を継承してきているわが国。2013年には和食が無形文化遺産に登録され、海外でもその評価は高まっています。下仁田ネギもそうした波に乗り、もっと人に知ってもらい、消費されてほしい。小金沢さんはそんな願いを込めつつSNSを駆使し、これからも下仁田ネギを実直にコツコツ栽培していきます。

 

取材・文/丸山 純
撮影/岡本譲治

 

<参考資料>
下仁田ファーム・小金沢農園HP:http://www.shimonitafarm.com
下仁田町HP:https://www.town.shimonita.lg.jp/nourin-kensetu/m02/m01/m01/04.html

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