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潮江菜のなぞ

公開日:2022.5.19
真っ白な軸と鮮やかなグリーンの葉のコントラストが美しい「潮江菜」。

牧野博士の弟子が遺した在来野菜

潮江菜(うしおえな)という野菜をご存じですか?

アブラナ科の葉野菜。ツケナと呼ばれる非結球のカブの仲間で、緑色の葉柄に切れ込みがあり、軸は白く、生食も可能。加熱するとさらに甘みが増すのが特徴で、ミズナの原種とも言われています。

かつて高知市の潮江地区で栽培されていて、漬物や、高知のお雑煮に欠かせない菜っ葉として親しまれていましたが、潮江地区では1958(昭和33)年、春野地区では1979(昭和54)年を最後に、姿を消していました。

ところが近年その種子が発見され、潮江地区で葉菜類を栽培している熊澤秀治さんの下へ届けられました。消滅したかと思われていた潮江菜は、熊澤さんの手により復活。往時を懐かしむお年寄りや、地元の小学校で栽培や調理に取り組む児童たちに愛されています。

潮江菜復活の背景には、こんな出来事がありました。

「日本植物学の父」と呼ばれる牧野富太郎博士(1862〜1957年)は、高知県佐川町の出身で、のちに上京し、東京植物同好会(現・牧野植物同好会)を主宰します。

同じ高知出身で戦前に遺伝育種学を学んだ竹田 功さん(1926〜2011年)もまた、この同好会に所属。牧野博士の教えを受けていましたが、戦後帰郷を余儀なくされました。このとき牧野博士から「高知へ帰ったら、高知の在来野菜を調査して保存しなさい」と言われたそうです。竹田さんはその忠告を守り、幡多農業高校で教鞭をとりながら、作物の収集にあたりました。

一方、高知市の潮江地区に代々続く農家に生まれ、葉物類を栽培していた熊澤さんは、1979年、高知県出身の作家宮尾登美子さんのエッセイの文中に「土佐の雑煮は、角餅とはぜのだし、青菜はウシオエカブ」という一文を見つけました。「これは地元潮江地区にゆかりのある作物に違いない」と、その種子を探し求めていましたが、見つからないまま35年が過ぎました。

12月初旬、「在来野菜ハウス」と名づけた場所で、潮江菜が収穫を迎えていた。

 

突然届いた種子のなかに…

ところが2014年8月。「高知新聞」で、熊澤さんの紹介記事を目にした竹田 功氏のご家族から連絡がありました。功さんは2011年に亡くなり、遺した種子を受け継ぐ人を探していたのです。

「父の遺した在来種の種子が、手元に50余種ある」

そしてなんとそのなかに「潮江菜」という漬け菜の種子がありました。牧野博士のハガキの文章により、探し求めていた「ウシオエカブ」は、潮江菜の方言であることもわかりました。

潮江菜が見つかり、実際に栽培したことで、熊澤さんは、それまでの在来種への見方が変わりました。

「在来種は、おいしくないからなくなったのだと思っていました。でも、食べてびっくり! こんなにうまい野菜があるの? 在来種はまずいからなくなったんじゃない。昔の人は、おいしいものしか残してこなかったんだ」

潮江菜の他にも、もち菜、南越かぶ、山内家伝来大根、きゅうり(4種)、八升豆など、50種近くの在来野菜の種子が、一気に現れました。熊澤さんは生産者や市民の仲間たちと「Team Makino」を結成。メンバーがそれぞれ栽培と採種を担当して現代に甦らせ、その存在を広く伝えています。

 

先が曲がる不思議なダイコン

熊澤さんが「在来野菜ハウス」と名づけた場所で、潮江菜とともに不思議な姿のダイコンが植えられていました。まっすぐではなく、先端が弓のように湾曲して生えるのです。

「土佐藩の領主山内一豊が、故郷の尾張から伝えたとされる、山内家伝来大根です」

関ヶ原の戦いの後、土佐の領主となった山内一豊は、尾張(現在の愛知県)の出身。そんな山内家伝来の作物に、ダイコン、キュウリ、ナスがあります。

なかでも山内家伝来大根は、弓形に湾曲した根が特徴。皮をむかなくても20分で煮えて、葉はやわらかく美味なのが特徴ですが、なぜ曲がって生えるのでしょう?

「山内家伝来大根」。葉に埋もれて見えないが、先端が曲がって生えている。

「根が深く入れない場所で育てると、上へ伸びて自重で曲がってしまうんです」

と熊澤さん。このダイコン、愛知県の伝統野菜「方領大根」に似ていて、のちに東日本へ伝わり、練馬大根や三浦大根のルーツとも言われています。元は同じ品種でも、のちに農機が進化して深く耕せるようになった場所では、まっすぐ伸びるそうです。

1月28日、潮江東小の児童が山内家伝来大根を収穫。先端が曲がっている(写真提供/Team Makino)。

 

そんな「在来作物ハウス」には、潮江東小学校の5年生がやってきて、潮江菜の来歴と山内家伝来大根の栽培を学習中。料理やメニュー開発にも取り組んでいます。

「潮江菜を学校に納品していただいて、生徒とレシピを開発して試食大会を開きました。また、山内家伝来大根を収穫することで、それまでダイコンをひとかけらも食べられなかった子が、どんどん食べ始めたり。子供たちが農家さんと直接関わりながら栽培するのは、本当に大事だと感じています」

と、栄養教諭の楠瀬加奈さん。栄養教諭は2005年に創設された教員資格で、偏食や食物アレルギー等の個別指導はもとより、学級担任と連携して食の指導も行います。給食に地元の農産物を取り入れたり、その来歴や栽培について学習したり、地元農家との連携を図る大事な役割も担っているのです。

熊澤さんのハウスに何度も通い、食育の授業を実施している栄養教諭の楠瀬さん(右)。

 

児童たちは、さらに高知県立大学名誉教授で土佐伝統食研究会会長の松崎淳子(あつこ)先生から高知の伝統食について学ぶ機会も得ています。

「90代の松崎先生は、潮江菜が土佐のお雑煮に使われていた時代をご存じです。先生から潮江菜のお話を聞いた後、調理実習をして再現したお雑煮を、みんなでいただきます」

地域の農業だけでなく、世代を超えて歴史や食文化をリアルに伝えてくれる。潮江菜は地元の子供たちにとって、かけがえのない架け橋になっているのです。

 

昔の栽培を現代の資材で再現

潮江菜はかつてツケナとして栽培され、漬物に利用されていて、株も丈もかなり大きく、1株4kgあったそうです。熊澤さんは、それはおそらく地元の種苗店が他の品種と交配して雑種強勢を起こしたF1種ではないかとみています。

種子を遺した竹田 功さんも「小さい株が原種に近い」と話されていたので、熊澤さんは、30〜40cmサイズに育て、近所の人に配ったところ、地元のお年寄りたちが「えっ、その潮江蕪、どうした?」と口々に驚いたそうです。その証言を頼りに、このサイズで出荷するようになりました。

戦前に愛されていた潮江菜の姿形だけでなく、味を復活させるにはどうすればいいのか? 当時の記録はほとんど残っていません。手探りで栽培を始めていた熊澤さんに、ある人がこんなことを言いました。

「潮江菜を作るなら、人ぷんを使わなあかん。でないと昔の味にならんぞ」

エグ味やシュウ酸の少ない葉菜を作るため、試行錯誤を重ねてきた。

 

本当にそうなのでしょうか? でもその助言はあながち的外れではないようです。
「屎尿に大事な肥料成分が含まれていたのは事実ですが、これを直接作物にかけたら枯れてしまいます。大事なのはその熟成過程。肥溜めに溜めている間に分解され、アンモニアが硝酸態窒素に変わる過程で、人間の腸内細菌やいろんな微生物が働いている。植物にはそこが大事なんです」

屎尿を利用した肥溜めや農法をそのまま再現するのではなく、昔の人が潮江菜を栽培していた時と同じ作用やメカニズムを、現代の資材で再現するのは可能だと考えました。

 

高知生まれの微生物資材が決め手

熊澤さんは、葉野菜を周年栽培、6月にスイートコーンを出荷しています。

「生で食べられなければ野菜じゃない」が信条で、その味はプロのバイヤーや料理人たちからも高い評価を得ていました。

なかでも生で食べられる「完全生食スーパースイートコーン」は、評価が高く、朝どりしたものが空輸されて新宿伊勢丹の食品売り場で販売されたこともあるほど。そんな熊澤さんの葉野菜は、たしかにその場で生のまま食べてもエグ味がなく、どんどん食べたくなる旨味が感じられます。

「シュウ酸やエグ味が生成されないようにできるだけ早く生育させて、旨味を乗せるには、微生物の力を借りるしかありません」

微生物資材との付き合いは、臭化メチルの撤廃がきっかけでした。代替資材で栽培を試みたものの、思うように夏野菜が栽培できなくなっていたのです。

「当時、いろんな微生物資材が出てきました。メーカーに連絡を入れてサンプルを送ってもらって10種類ぐらい試しましたが、どれもダメでした」

別のハウスでは、微生物資材を使って、食味の高いミズナやホウレンソウを栽培。

 

土中に多様な菌がいるなかに、特定の菌を投入するだけで効果は得られません。有害な菌、有効な菌、その餌になる菌、様々な菌が拮抗しあい、土中のバランスが保たれているので、そのバランスを保ちながら栽培する術を、数年かかって見つけたそうです。

 

「当初、微生物資材はほとんどが粉末でした。あるとき僕が地元の資材屋に『液体も作れ!』と言ったら、本当に作ってくれて、使いやすくなりました」

それは須崎市に本社のある有限会社Ueta LABO。同社の微生物資材にアミノ酸を加えて分解させ、できるだけ早く作物に吸収させる……。その手法は、潮江菜にも有効に働いて、見事復活を遂げたのです。

 

ただ今ルーツを解析中

長年探し求めていた潮江菜が、高知県の在来野菜とともに突如現れ、現代の微生物を使った農法で、見事復活。

かつて全国の在来野菜を調査した青葉高氏は『野菜 在来品種の系譜』のなかで、潮江菜について「枝分かれが京菜ほど多くはないが、いろいろの点で京菜によく似ていて、京菜の原種と見てよいものと思う」と記されていますが、本当にそうなのでしょうか?

「潮江菜とは何者なのか? 在来作物を作り続け、次世代につなぐためには、サイエンスとエビデンス。この2つが必要です」

と話す熊澤さんは今、研究機関と連携して、潮江菜や牧野野菜の成分や遺伝子を調査しています。

そして2023年4月、NHK朝の連続テレビ小説「らんまん」の主人公は、牧野富太郎博士。その生涯を神木隆之介さんが演じます。きっと出身地である高知や牧野野菜も注目されることでしょう。

「私は何か、牧野博士に使われているような気がします」

と熊澤さん。潮江菜とは何者なのか? 研究者や行政マン、高知の小学生や一般市民も巻き込んで、その探求は続きます。

 

 

取材・文/三好かやの 撮影/杉村秀樹
取材協力/Team Makino

有限会社Ueta LABO  https://gskin.jp
参考文献:青葉高『野菜 在来品種の系譜』法政大学出版局,1981年

 

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