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中国梨花粉輸入禁止 今こそ、ネパールナシの花粉を

公開日:2023.11.17

日本産、中国産よりも強くて、活きがいい

さて、日本のナシ栽培における花粉事情はどうなっているのでしょう?
ナシは基本的に自家不和合性で、同じ品種の花粉では結実せず、異品種でも系統の近いものは、花粉樹としては使えません。川島さんがネパールのナシに可能性を見出したのは、日本のナシとは遠縁にあたるのではと感じたからです。

ネパールを訪れる前は、「馬次郎」や中国生まれの「ヤーリー」を植え、その花粉を採取して使っていましたが、開花が4月上旬で、実際に栽培している品種の開花と時間差が少なく、花粉を準備する間がありません。また国産ナシの花粉は、葯が開くのが早いため、蕾の状態で採取しなければ、うまく花粉が採れないのです。
「その点ネパールナシは、開花しても葯が開かないので、花と蕾から花粉が採れる。だからから使いやすいんです」と、息子の幹雄さん(49歳)が教えてくれました。

日本では現在も「新興」や「松島」などの品種が花粉樹として栽培されていますが、同じ年の受粉に使える花粉はごく一部。大半は冷凍保存して翌年の受粉に使用されています。
後に中国産の花粉も出回るようになりました。少量でもとても高価なため、「金より高い」と言われるほど。その輸入花粉もまた、冷凍状態でやってきます。

「その点うちはなまだから。花粉の活きがいい」

と實さん。

稲城市では約80軒の農家がナシを栽培していて、冷凍花粉を使用する前に、しっかり受粉するかどうか農協で検査を行っています。
「ナシの花粉が雌しべの柱頭に付いて、子房まで到達するのに約3時間かかるけど、ネパールナシの花粉は、日本や中国のナシとは、花粉管の出方がぜんぜん違う。短時間にたくさん出てきて、そして早い。だからタネの入りがいいんだ」(實さん)

「ネパールミノルC」の断面。5つの部屋に種子がしっかり2粒ずつ入っている。

栽培品種の「稲城」や「新高」は、断面を見てもタネの部屋や数が少ないものが多いのですが、ネパールナシはいずれも5つの部屋が星型にくっきり。中には2粒ずつしっかり種子が入っています。
そしてこのタネを残そうとする性質の強さはまた、果実を均等に肥大させ「格好のいいナシ」作りと秀品率の高さにも通じているのです。

「志」は、ネパールへ…

今回問題となっている火傷病は、アメリカ大陸で発症し、欧州、アジアを経由して、中国、韓国でも発症しています。實さんはこんな事態が起きることを10年前から予測していました。
「キウイフルーツの病気が出て、ニュージーランド産の花粉が輸入禁止になったことがある。いずれナシもそうなる」

川島さんは、これまで「第三者に転売譲渡しない」ことを条件に、希望者にネパールナシの穂木を無償で分けてきました。その行き先は、稲城市内、神奈川県、九州……と全国に広がっています。譲渡に際し、代金は受け取っていませんが、利用者から「志」として預かった分は、花粉樹との出会いのきっかけを作ってくれた、「公益財団法人日本農業研修場協力団(JAITI)に贈っています。

「このナシの花粉を利用して、栽培がうまくいったら、少しでもネパールの人たちにお礼をしていただきたい」と實さん。

左がネパールナシ、右は「新高」の葉。大きさと厚みが違う[2016年9月25日/岡本譲治撮影]。

川清園では、毎年3月になると「採りきれないほど」、真っ白なネパールナシの花が咲き誇ります。来年はボランティアを募り、例年よりもたくさん花粉を採取する予定。それをどうやって活用していくか、検討中です。

近年、花粉の輸入禁止だけでなく、ナシの栽培を巡る状況はとても厳しくなっています。夏場の35℃を超える猛暑をいかに避け、高温障害から樹と果実を守るか。實さんと幹雄さんは、目下遮光性のカーテンを装着した新しいナシ棚を作ろうと計画中。

あの日山の中で、バスが止まらなければ、そして實さんがその可能性に気づかなければ、生まれなかった出会い。日本に来て25年が過ぎた今もなお大活躍。川島さん親子は、ネパールナシの花粉樹を、いずれ正式に品種登録することも視野に入れて栽培を続けています。

息子の幹雄さん(左)と、猛暑対策も検討中。

 

2023年10月23日
取材・文/三好かやの

稲城の梨 生産組合公式サイト
https://inagi-nashi.tokyo/

公益法人日本農業研修場協力団(JAITI・ジャイチ)
http://www.jaiti.org/

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